ニールの明日

第二百一話

「ひっく、ひっく……」
 ベルベットは一人でしゃくり上げていた。
 ここはラグランジュ3の野菜農園。暗くてひっそりとしている。
「とうさま、かあさま……」
 ベルベットは本当の父と母に会えない訳ではない。通信手段もちゃんとあるのだ。
 それは――件のペンダントであった。
 ベルベットは青い宝石のペンダントの細工をいじった。これがあれば、いつでもアレルヤとティエリアに会える。――ベルベットの実の両親に。
「とうさま……」
「やぁ、ベル。そろそろ連絡が来る頃じゃないかってティエリアと話していたんだよ」
「とうさま、べる、あれるやとてぃえりあとけんかしたの。とうさまたちのところへいきたい」
「今、そっちの世界にいるアレルヤとティエリアだって、君の父親と母親なんだよ」
「ちがうもん! あれるや、とうさまのぺんだんととろうとしたんだもん!」
「きっと訳があるんだよ。――ベル、そのペンダントを取らずに寝ようとしたかい?」
「うん……」
「僕だってそんなことしようとしたら注意したよ。寝ている時にチェーンが首に引っかかったら危ないだろう?」
「あれるや――とうさまもそんなこといってた」
「だろう? もう我儘はよそうね」
「うん」
「ベルベット」
 少し硬質な声をしているのはティエリア。ベルベットの母親である。
「かあさま~」
「――問題は解決したか? ベルベット」
「したのー」
「そうか。……ところで、ニール・ディランディには会ったか?」
「あったのー」
「元気そうだったか?」
「にーるおにいちゃま、げんきなの。せつなおにいちゃまがいるから」
「君をそちらの世界に送ったのはニール・ディランディがいるからなんだ」
「にーるおにいちゃま、めにくろいのつけてたのー」
「眼帯というんだよ」
「がんたいー。かっこよかったのー」
「本当はこの世界にもニールがいれば……」
 ティエリアは哀し気に言った。
「かあさま、どこかいたいの?」
「いや、そんなことはないが……どうしてそんなことを訊く?」
「かあさま、なきそう……」
「この世界にはニールはいないからね――」
 アレルヤが言う。ベルベットは訊いた。
「なんでとうさまのところにはにーるおにいちゃまいないの?」
「死んだんだよ」
「死……」
 ベルベットはしばし沈黙した。そして口を開いた。
「どうして? どうしてにーるおにいちゃまはしんだの?」
「僕が――悪かったんだ……」
 ティエリアが言った。
「なんで? かあさまはわるくない。ぜったいわるくないの!」
 ベルベットが抗弁する。
「でも、そうなんだ。皆優しいから僕のことを責めないけど――彼のことを考えると、僕は心が痛いよ。優しい奴なんだ。ニールは」
「かあさま、こころいたいの。かあさまのいたいの、おやまのむこうにとんでゆけー」
「ありがとう、ベルベット……」
 ティエリアの目から涙がこぼれた。
「かあさま、かあさまのいたいの、とんでいかなかったの?」
 ベルべットがおろおろする。
「違うんだ。これは――嬉し涙だよ」
「うれしなみだ?」
「ああ――神様、この僕達にこんないい子を授けてくれてありがとうございます」
 ティエリアは最後の方は消え入るように呟いた。独り言であろう。
「べる、いいこじゃないの。とうさまとかあさまおこらせた」
「――まぁ、僕達もベルとの付き合いで何かあったのはわかるけどね。――そっちの父様と母様に宜しく頼むよ」
 アレルヤの言葉に、ベルベットは力強く、「うん!」と頷いた。ティエリアが言う。
「君が悪いと思ったなら、ちゃんと謝るんだぞ」
「かあさまのいうとおりにする」
「それでこそ僕達の子だ」
 ティエリアが涙を拭う。
「それでこそ、僕とアレルヤの娘だ。アレルヤと僕の名前に恥じない娘に育つんだぞ」
「む~、どういういみ?」
「つまり、僕らはベルにいい子に育って欲しいという訳だ」
 アレルヤが意訳した。
「それならわかる。べる、いいこにする~」
「じゃ、そちらの世界のアレルヤとティエリアにも謝っておくんだぞ」
「かあさまのいうとおりにする~。ほんとはこっちのとうさまとかあさまもすきなの~」
「偉いぞ。ベルベット」
 愛し気にティエリアが言う。もし触れられるものなら、頭を撫でてあげたかったことだろう。
 しかし、彼らはペンダントで映されたホログラムなのだ。
「べる、とうさまとかあさまにあやまりにいくの」
「そうか、じゃあ、通信も終わりだね。また問題が起こったらそのペンダントがあるから」
「うん!」
 アレルヤとティエリアの姿が消えた。ベルベットはほくほくした顔で振り返った。
「ら……らいるおにいちゃま……!」
 茶色の巻き毛のハンサムな男がベルベットの後ろに立っていた。
「よぉ、ベルベット――って言ったな」
「らいるおにいちゃま……ひとりなの?」
「そう。――アニューがソーマの頭痛薬を作ることになって……俺は寂しく独り寝する気にもならず、こうして喫煙を楽しんでいるという訳だ。――本当はいけないことなんだがな」
「いけないことなのー?」
「ああ。誰かさんなんか、『こんなところで煙草を吸うなんて野菜がやに臭くなったらどうしてくれる』とか言いそうだもんなぁ」
「ふぅん……」
「それにしても、面白いもの持ってるな、ベルお嬢ちゃん」
「あげないのー」
「俺だって欲しいと思わないよ。俺が欲しいのはアニューのハートだけだ」
「あにゅーおねえちゃまのはーと?」
「つまり、俺はアニューに恋してるって訳だ。恋ってわかるか?」
「すきってこと? とうさまもかあさまにこいしたの」
「そうだ。いい子だ。――だから、お前さんが生まれてきたんだよ」
「えへへ。こいにかんしゃー」
 ベルベットがにこっと笑う。
「ベル。お前もきっといい恋が出来るよ。ベルはいい子だからな。あのアレルヤとティエリアの子供とは思えないくらい素直じゃないか」
「べる、すなお?」
「そうだよ。――話は聞いてたよ。アレルヤとティエリアに反抗したんだって? 流石だな。じゃ、今度は仲直りだな。――さ、行っておいで」
「はぁい」
 ベルベットはライルにひらひらと手を振って、農園から駆けて行く。――ベルベットは無事、愛娘を探していたアレルヤとティエリアに見つかった。ベルベットの今いる世界の父親と母親に。

2017.4.17

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