ニールの明日

第二百八十七話

 戻って来たラッセ・アイオンとイアン・ヴァスティを置いて、ニールと刹那は部屋にしけこんだ。

「あ、ああっ!」
 部屋に刹那の嬌声が響く。ニールが体を打ち付ける肉の音も――。
 飛び散る汗の匂い。
「はっ、ニール、もう……ダメ……っ!」
「何だ? いくのか?」
「俺は大抵のことは我慢できるが、お前との行為でだけは、我慢が出来ないんだ」
 快楽に溺れた刹那の目元は潤んでいた。――そうか。よしよし、一旦いかせてやる。
 心に決めたニールはクライマックスのようにガンガン打ち付ける。刹那は快楽に酔っている。声でわかる。
 ただじゃいかさないぜ。刹那――。
 俺もお前と一緒にいく。ニールは最後の一撃を打ち込んだ。刹那が悦楽の園に到着してすぐに、ニールもまた、欲望を解放した。

「――ニール。俺はこのまま溺れてしまうのだろうか……お前の与えてくれる快楽に」
「俺だったら、別段しなくてもいいけどな……」
「何を言う。この遊び人。俺がいなくなったら、今度は他の相手を探すんだろう?」
「そんなことはしない」
 ニール・ディランディは、真剣に言った。刹那は口を噤んだ。
「もう一度言う。俺は、もう刹那以外の相手を探したりしねぇ。俺はお前のものだ」
「その言葉を、信じられればな……」
 刹那は小声で言って、ニールから顔をそむけた。ニールはこちらを振り向かせようとする野暮な真似はしなかった。刹那にもいろいろ事情があるのだ。ニールに会う前は男娼として暮らしていた、と告げられたこともあるし。
(それでも、お前は、俺がいいのか――?)
 そう訊かれたのは、ニールが宇宙に放り出される前のこと。沢山のことを経験した。沢山の仲間が――死んだ。家族も双子の弟ライルだけになった。
 けれど、ニールには、ライルよりも刹那の方が身近に感じられる。ライルにはアニューがいるのだから、これはまぁ、お互い様だろう。
 ドアの向こうに人の気配がする。
「あ、待て――!」
 刹那が制止しようとしたが遅かった。入って来たのはベルベット・アーデだった。どこか遠い平行世界のアレルヤとティエリアの一粒種。
「にーるおにいちゃま……?」
 ベルベットの目が見開かれる。ニールは、あちゃ~、と思った。
「ニール、鍵かけなかったんだな」
「……かけなかった」
「こら、油断が命取りだぞ」
「……ふぁい」
「なにしてたの? せつなおにいちゃま。にーるおにいちゃま」
 ベルベットの際どい質問に刹那がぶっきらぼうにこう答えた。
「……大人になればわかる」
「べる、おとなだもん。ひとりでおきがえできるよ」
「そりゃ良かったな」
「おにいちゃまたち、おふろはいるところだったの?」
「いや、違う……これ以上は言わせるな……」
「うん。わかったの」
「ベルは何しにここへ来たんだい?」
 ニールが出来るだけ優しく問う。ベルベットは手をぱっと広げた。
「ぼうけんなのー! ――それから、りひちゃまのところへもいくよていだったの」
「そうか。楽しいな」
「うん!」
「全く……アレルヤとティエリアは愛娘を放っておいて何をしているんだ……」
 刹那がぶつぶつと呟く。
(まぁまぁ、最中でなくて良かったじゃねえか)
 ニールが脳量子波を直接ニールに送る。ニールも刹那が法悦に喘ぐ姿をベルベットに見られたくなかった。それは、勿体ないではないか。ニールは二人きりの時間を過ごしたかったのだ。
 出来るなら、早く第二ラウンドに突入したかった。
(けれども――ま、いっか)
 こんなこと、下手に隠す方が不健全だ、とニールは考える。例え男同士であっても。
 けれど、先にベルベットが飽きたみたいで、
「べる、りひちゃまのところにいくの。くりすおねえちゃまもいっしょなの」
 と言った。
(そういや、ベルはクリスのことをおばちゃまと言わないなぁ)
(クリスはまだ若いからな。おばちゃまと呼ばれたら複雑なんだろ)
(そうだな)
(それに、クリスは最近若返った)
(刹那もそう思うか!)
(夫婦生活が上手く行ってる証拠だろうな)
(俺もそう思う!)
「ばいばいなのー」
 ベルベットはぱたぱたと、部屋を後にした。ニールと刹那はほーっと息を吐いた。最中でないとはいえ、男二人がベッドで裸になっている姿を見られるのは――心臓に悪い。
「ベルは、今日のこと、アレルヤ達に話すかな?」
「――話すかもな。ティエリアが『万死に値する』とか言わなきゃいいがな……」
 刹那が溜息を吐く。
「……どうせあちらも似たようなもんだしな……事情としては」
「なんか、ベルベットの将来が心配になってきたぞ。俺は」
「ベルはいい子なんだがなぁ……周りの環境が悪いのかもな。いっそミレイナちゃん辺りに預けてみては?」
「フェルトじゃダメなのか?」
「……ラッセに突然キスする女だぞ」
「知ってる」
「まぁ、フェルトがあんなに大胆だとは知らなかったが――そういや、ミス・スメラギとビリーにも驚かされたな」
「それも知ってる」
「賢しげに言わんでくれよ。刹那。もうちょっと笑ってくれたら可愛いのにな」
「――笑えばいいのか? なら、簡単だ」
 刹那はニールに向かって微笑んだ。
「ああ、端末があればなぁ……お前のさっきの笑顔、撮ってやれたのに」
「どうせここでは、笑ってばかりいるだろうよ。俺は――」
「そうだな、刹那は表情が柔らかくなったぜ。ほんと、いい子だぜ。刹那は」
「……子ども扱いするな。自分がちょっと年上だからって」
「いいんだよ。俺は、刹那が甘えてくれたら嬉しいな」
「……ベッドの中で甘えられるのが好みか?」
「お、頭の中読んだな。そうだな――甘えられるのは好みだな」
「何年お前と一緒にいると思っている。心を読まなくたって、お前の嗜好はわかる。――けれど、お前が宇宙に漂っていた間は、何も聞こえなくて……辛かった……済まんな。思い出したら涙が……」
 刹那は長い指で涙を拭った。
「今のように脳量子波も使えなかったからな……」
「刹那……」
 ニールは刹那が愛しくなった。愛しくて愛しくて――それを体現するには、刹那を思い切り抱き締めることしか頭に浮かばなかった。
「一人で大変だったな。刹那――」
「うん、うん……」
「でも、これからは俺がいるから――俺が、お前を守るから……お前を愛しているから……」
「ニール、その言葉、信じていいか? いや、ずっと前からお前のことは信じているが――」
「ああ……」
 ニールは刹那を骨も砕けよとばかり、力いっぱい抱き締めた。
(リボンズ……リボンズには、こんな関係の相手はいるのだろうか……いたのだろうか……こんな風に抱き締め、愛する相手はいるのだろうか……)
 刹那の思考が流れ込んでくる。ニールは、リボンズ・アルマークのことは、出来れば今は考えたくなかった。でも、リボンズを救いたいというのが刹那の優しさなのだとしたら――。
 いつかリボンズにもそんな相手が現れると思うぜ――と、心の中で答えるしかなかった。例え、今は刹那の一方的な施しではあっても、そこに、愛はある。きっと、ある。

2019.10.14

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