ニールの明日

第二百八十八話

 ニールは端末を開く。今は地球時間で午後十時。グリニッジ標準時を参考にしている。宇宙でも、地球時間は結構役に立つのだ。
 機械臭がする。ヴン……と音が鳴る。ニールが打った文字が現れる。
 今、モニター室は取り込み中なのだ。だから、ニールは自分の端末を使う。
『よっ、ビリー』
 話相手はビリーだった。何がどうと言うこともないが、彼と話がしたかった。
『やぁ、ニール…実はね、今、リーサ…じゃなかった、スメラギ・李・ノリエガと話してたんだ』
『ミス・スメラギと?』
 ニールはちょっと眉を顰めた。だったら、自分はお邪魔虫なのではないだろうか……ニールがそう書いて切ろうとした。このアプリは、二十一世紀前半に流行ったLINEを元にしている。
 基本は文字だけで、コミュニケーションしている。
『あ、待って――スメラギも、ニールだったらいいって』
『そっか。ありがとう、ビリー……そして、ミス・スメラギ』
『なんのなんの。どういたしまして』
 ニールには、ビリーの笑顔が見えるようだった。この間、心が繋がったビリー・カタギリとスメラギ・李・ノリエガ。彼らが幸せであれるようにと、ニールは密かに願う。
 ニールはチャットルームに案内された。
『はーい。ニール』
『よっ、スメラギ。…でも、同じトレミーにいるんだから、お前さんの部屋から話してもいいか?』
『あらダメよ。そんなけじめのないこと…』
『けじめがないって…』
『僕も、ニールとスメラギは離れ離れの方がいいなぁ。そしたら、あまりジェラシー感じなくて済むだろ?』
『ジェラシーって…ビリーもジェラシー感じることあんのか』
『ふふ、僕だって男だからね…スメラギと住んでいた時は、理性を保つのに苦労したよ』
『でも、あなたは何もしなかったわ』
『スメラギに手を出したら、エミリオに悪いと思ったんだ。…スメラギはまだエミリオのことを忘れていなかったからね。でも、お酒ばかり飲んでいるのには心配したよ』
『…いいヤツだな。ビリー』
『ほんと、私も今になってそう思う。会いたいわ。ビリー』
『ありがとう。でも、こんな風に話し合いが出来るじゃないか。今の時代は』
『そうね。大昔にインターネットが流行ってから、全てが変わったわ』
『画像、見られるようにする?』
『ええっ?! …いいわ。私今、ちょっと恥ずかしいかっこしてるし』
『見たい!』
『見たい!』
 ビリーと同じタイミングでニールが文字を打った。ニールには刹那がいる。けれど、ニールだって健全な男なのだ。普通に女好きでもある。刹那に恋していなかったら、美しい女性と結婚していただろう。
(済まねぇ。刹那――)
 刹那は、ニールの心の声を聴いていたらしい。
(別段構わない。だがニール。後で覚悟してろよ。…俺以外の女に心奪われたら、許さんからな。そうなったら、命はないと思え)
(刹那みたいな美青年にそこまで妬かれて、オレは幸せ者だねぇ。大丈夫。浮気はしねぇよ。今だって、話している女はミス・スメラギだし)
(ああ、彼女なら大丈夫だ。信用出来る)
(俺よりも?)
(勿論)
(ちっ。どうせ俺は信用されてないんだ)
『ニール?』
『ニール?』
(あ、呼んでるから、またな。刹那)
(うん、また――)
 けれど、刹那はずっとニールの心の声を聴いているのだろうと、ニールは思った。そこまで思われて、男冥利に尽きるな――とも。それに、ニールには、刹那の気持ちがわかるのだ。同じ男だから。そして――。
 互いに互いを愛する者だから。
『ああ、済まん済まん。ちょっとぼーっとしてた』
 そう言いながら、ニールは過去ログを眺める。――大した会話はしていない。ニールがいるからだろうか。
『今、君達が地球に来たら、どんなお茶でもてなそうか話してたんだ』
『ビリーはコーヒーマニアよ。紅茶にも詳しかったわね。でも私はお酒の方がいいわ』
『君は少しアル中の気があるよ。スメラギ。…少し控えたまえ』
『そうね。ビリーが言うんだから』
『そうだ。君が早死にしたら、僕も死ぬよ』
『ダメよ、ビリー…貴方には、貴方を必要としてる人が沢山いるんだから』
『…ありがとう。リーサ』
『スメラギって呼んでって、言ってるじゃない…』
『悪かった。スメラギ』
『二人とも、熱々じゃねぇか』
 ニールが割り込んだ。別段、二人のラブラブトークをこのまま眺めていても良かったのだが。ビリーもスメラギも、幸せそうだ。
(そして、俺も幸せだ――)
 そうだろう、刹那。――ニールは彼の心の声を聴いているはずの刹那に脳裏で囁いた。刹那は何も答えなかったが、その代わりにあったかい感情が流れた。これが刹那の答えだろうとニールは思った。
(ありがとう、刹那)
『俺はロシアンティーが好きだな』
『まぁ、ロシアンティーもいいわね』
 スメラギが話に乗った。
『ロシアンティーは僕も叔父様も好きだよ』
 ビリーの叔父は、ホーマー・カタギリで、元アロウズの最高責任者だ。今は何だかんだで仕事に追われているらしい。そういえば、ビリーも立場上忙しいのではないか。
『まぁ、叔父様は紅茶やコーヒーどころではないみたいだけどね…』
『それはお前もなんじゃないか? ビリー』
『まぁ、僕はサボるのが上手いから』
 その台詞に、ニールは笑った。――スメラギも笑ったはずだ。
(ビリー・カタギリはユーモアのある男だ。俺は…好きだな)
(そうだろう? 刹那。――でも、ビリーに浮気すんなよ)
(男を相手にする程飢えてはいない。――男はニール。お前だけで沢山だ)
 ニールはにやりと口角を上げた。ニールが刹那を愛するように、刹那もニールを愛しているのだ。
 アリーのことはもう忘れようと思った。アリーはニールに忘れ去られても、愛する妻と息子がいる。――天国で、幸せに暮らしているはずだ。
(この地上も、天国みたいなところになればいいな……)
 だから、ニールは戦う。CBで、刹那と共に。戦争をこの世から無くす為に。
 ――でも、本当にそれで、平和は訪れるのだろうか。もしかしたら、もっと他に道はあるのかもしれない。けれど、ニールや刹那はガンダムで戦うことしか出来ない。
 ガンダム……。
『なぁ、ビリー。ガンダムをどう思う?』
『ん…そうだね…興味深い存在だね』
『ガンダムは、本当に平和を連れて来る使者か否か』
『それは難しい質問だね。叔父様も答えに迷っていた』
『やっぱり、お前も疑問に思うか』
『…まぁ、一度はぶち当たる難問だね。僕も迷ったよ。でも、叔父様は多分武士の血を引いているから、戦うことの意義はわかっていたと思う。スメラギはどう思う?』
『…私はガンダムの肩を持つわ。でなければ、CBで生きていけないもの』
『そういえば…CBを飛び出したお嬢様はどうしたんだい?』
『…王留美か』
 ニールは考え込んだ。グレンと共に愛に生きる選択をした王留美。今もまだ、互いに時々連絡を交わし合っている。
(CBやガンダムのことは、お兄様やニール・ディランディ――貴方がたにお任せしますわ)
 いつか王留美が言った言葉。頼られていると知って、ニールも刹那も同時に「任せてください」と言って、その後、笑い合ったことを覚えている。本当に、気が合うのだ。ニールと刹那は――。
(……体の相性もバッチリだしな)
(ニール……そこに俺がいなくて良かったな。もしそこにいたら、俺はお前を殴ってた)
(こえぇな……)
 でも、刹那になら殴られてもいいと思った。これまで、マゾっ気のない方だと思っていたのだが。――刹那になら、何されてもいい。殺されたって、構わない。
(って、ビリーやスメラギと話しているのに、何を考えているんだ? 俺は――)
 だが、ビリーもスメラギも、お互いに話に夢中だった。学生時代の話だった。
『リーサはいつもそうだったな――いかん。またリーサと言ってしまった。くせでね』
『ふぅん。まぁいいわ。許してあげる。それにしても、まだエイフマン教授が生きていればね…』

2019.10.25

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