ニールの明日

第二百八十五話

 刹那・F・セイエイはトレミーの広場に来る。でも、すぐには来られないかもしれない。――ニールはラッセ・アイオンにそう告げた。
「あ……」
 ラッセはフェルト・グレイスの姿を見つけたらしい。フェルトもラッセに目を遣った。
「ラッセ……」
「フェルト、刹那を見なかったか?」
「刹那を? どうして?」
「何か――大事な話があるとかで……」
「待ち合わせだったの? 私、邪魔かしら――」
「い、いや……そんなことはない……刹那が来るまで、ここにいていいから――」
 立ち上がりかけたフェルトは再びソファに座った。沈黙が下りた。
「フェルト……お前はいつも俺達のこと、気遣ってくれるよな……」
「そんな、ラッセこそ……」
 二人は再び黙った。
「――なかなかいい雰囲気じゃねぇか」
「そうか?」
 ニールと刹那が話し合う。観葉植物の陰に紛れて。
「アンタと初めに会った時、ピンクの髪で度肝を抜かれたぜ」
 フェルトはピンクの髪なのだ。けれど、美少女なので、それが似合っている。確かに、ニールもびっくりしたけれど――。けれど、フェルトの髪の毛は素敵だ。刹那だって、そう思っているはずだ。
「そう……ごめんなさい」
「いや、謝んなくていいって。――いい髪の色だぜ」
 ラッセは一生懸命フォローしようとする。
「……ありがとう」
「――可愛くてさ、真面目でさ、性格も良くてさ……俺、本当にアンタのこと、尊敬してるんだぜ」
 ラッセが言った。フェルトは俯いて拳をぎゅっと握った。照れているのだろう。ラッセも照れ臭そうだ。
「尊敬ね……はっきり好きだって言やいいのに……」
(ニール、誰が聞いているかわからない。脳量子波で話せ)
(はいはい)
 刹那の台詞にニールが従う。刹那は時々、ニールに注意をする。ニールが気が付かなかったことを刹那が見つけることも多いからだが――。刹那は前より随分注意深くなった。
(ニール。男が誰もがお前と同じような性質だとは限らないんだぞ)
「それから――フェルトは子供が好きだよな。いつもリヒターやベルベットの世話をしている。クリスティナが褒めていたぞ。『フェルトがリヒターの面倒を見てくれて助かるわ』って」
 ラッセが言った。フェルトが答える。
「ラッセだって、子供好きでしょ?」
「うん、嫌いじゃねぇけど、積極的に相手はしてやってねぇなぁ……それなのに、どうして俺が子供好きだって、わかったんだ?」
「だって――子供達の見る目が優しいもの」
「そんなとこまで見ていたのか……」
「ええ。だって、私の視界には、いつもラッセがいるもの……」
「そうか……世界にか……」
「ん? 私は視界って言ったんだけど……でも、世界って言う言葉に置き換えてもいいかもしれないわね……」
(よぉし! いい流れだ! そして、ここでラッセが、『俺達も子供作らないか?』と言ってくれさえしたら――まぁ、ラッセはそんな台詞で女口説くような男ではないかもしれねぇけどな。朴念仁だし)
(そうだ。お前もやっと、ラッセと自分とじゃ人間の種類が違うってわかってきたか。――俺達も子供作らないか……お前だったら言うのかもな)
(へへへ……まぁ、お手柔らかにな。刹那)
「私の世界には、いつもラッセがいたわ」
「――刹那やニールが好きだったんじゃなかったのか? 俺はあの二人には敵わないと思うぜ」
「だって……ニールと刹那は恋人同士だもの」
「――勿体ない話だな。トレミーにはフェルトみたいな優しくて可愛い女もいるのに……別段、野郎同士でくっつかなくたっていいと思うんだが。……面白いから傍で見ている俺も俺だな――」
(ほっとけよ)
 ニールが心の中で呟く。刹那がニールの方を向く。
(ラッセは、女性相手にあそこまで饒舌になれる男だったのか――)
(だって俺達、トレミーで一緒に仕事してる。だからな――俺達は強い絆で結ばれてるし……きっと、ラッセとフェルトもそうだと思うぜ。長い間苦楽を共にしてるのに、そうでなきゃ問題じゃねぇか)
 ニールは刹那の背後から覆いかぶさる。刹那の体からは南国の果実めいた香りがする。
(――重い)
 そう言いながらもそれ以上文句を言わないのは、刹那はニールに惚れているからだと、ニールは信じている。そして、まさしくその通りであったらしい。刹那は溜息を吐いた。
(始末に負えないな。ニール・ディランディ――お前は)
(――ん?)
(お前は自分の魅力をわかっているだろ?)
(刹那の魅力だって知ってるぜ)
(これだもんな――)
 呆れたような声音。けれど、振り向いた刹那は笑って言った。――刹那、お前。そこでその笑顔は反則だろう。ただでさえ、刹那の笑顔に惚れているというのに……。
 罰としてここで押し倒してもいいんだが――。
(いや、ここはフェルトとラッセがいるところ! パブリックな場! 公共の面前! ダメ!)
(わかったわかった。こっちが一段落してから相手してやる)
(ほんとか?!)
 興奮でニールの頬が上気した。これは、夜が楽しみだ。ニールが白昼夢でうっとりしているうちに、話題が変わったらしい。――ラッセが言った。
「俺、ガンダムマイスターになるのがガキの頃からの夢でさ……だから、刹那やニールが羨ましかったんだけど……フェルトの両親もガンダムマイスターだったろ?」
「そうね……でも、私はコロニー生まれであることにコンプレックスを持っているの。髪をピンク色に染めたのもその為」
「元はどんな髪の色だったんだ」
「秘密」
 フェルトが唇を指で押さえて言ったので、ラッセが吹き出す。
「嬢ちゃん。――なかなか話術のツボを心得てるな」
「だって――そう言うしかないもの。この色、なかなか気に入ってるの。ニールも好きだって言ってくれた色だし――」
 刹那がニールを睨めつける。ニールは知らん顔をした。
「それに刹那も……」
 今度はニールが睨む番。だが、刹那は平然としていた。
「――俺も、好きだぜ」
「……ありがとう」
「……俺は、フェルト・グレイスという存在自体が好きだぜ」
 ラッセがそう言った時、フェルトが、ぼっと赤面した。
「それにしても、刹那のヤツ、遅いな――いや、遅く来てくれてありがとうと言うべきかな。フェルトとこんな風に話せたのだから……しかし、今あいつはどこで何をしてるんだ?」
「私の元には、刹那が来て『ニールが話があるようなんだ』って言って――」
 ラッセははっはっは、と笑い出した。
「ラッセ?」
「いや、人を信じやすい質もここまで来るとなぁ……俺達二人、どうやらあの二人に一杯食わされたようだぜ」
(俺らのこと、バレたのか?)
(ここにいることはバレていないようだが?)
 ニールと刹那が脳量子波を響かせ合う。
「俺らはとんでもない道化師だ。けど――騙されたって、悪くないと思うぜ。むしろ、感謝してぇぐらいだ」
「私も……感謝しています。私は刹那にもニールにも恋したことがあるけれど……」
「さもありなん。あいつらはとびっきりのいい男だからな。マイスターの座でも片想いの娘でも、取られたってむしろ光栄に思うぜ」
「か、片想いの娘って、私のことですか!」
 フェルトはソファから勢いよく立ち上がった。
「まぁな……照れ臭いから黙ってたんだが――それに、失恋するのがわかっていても面白くないしな……」
「――賽は投げられました」
 フェルトが託宣のように言う。
「……ラッセ・アイオン。私も、あなたが好きです」
「――本当か?」
 ラッセが目を瞠っているのがニールには見えた。この朴念仁には青天の霹靂だろう。勿論、ラッセがいい男であるのは間違いないのであるが――。
「俺に惚れたって、なぁんにもアンタに得はないぞ。――アンタを幸せにしてやれないかもしれないぞ」
「もう既に幸せです」
 そう言ってフェルトはラッセに口づけた。まさかこんな展開になろうとは――。フェルトは純情だと思っていたから……いや、フェルトももう恋をする時期なのだから、純情でもキスぐらいはするだろうけれど――。
 それを覗き見していたニールと刹那はお互いの肩をバシバシ叩いた。

2019.09.15

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