ニールの明日

第二百五十四話

「……ああっ……!」
 王留美がオーガズムに達したのと、熱い液体が彼女の中に注ぎ込まれたのはほぼ同時だった。
「はぁっ……」
 グレンが満足そうに息を吐いた。
「……良かったぞ。留美。どうする? もう一回――」
「仕様のない方ですわね」
 そう言いながらも留美は浅黒い、果実めいた匂いのするグレンの体を抱き締める。汗をかいているので、匂いが一層強まる。それが不快な訳ではない。グレンが小さく笑う。留美も微笑んだ。
「お前と結婚して良かったよ。――でも、その敬語、やめてくれないかな。……その、妻という名の女を抱いているのに何か他人行儀に思えて……」
「あ、ごめんなさい――ごめん」
「――済まん。やっぱり敬語であってもなくても気にしなくていい。それが留美だって気がするから……」
 留美はグレンに抱かれるまで男を知らなかった。グレンは愛の技術にも長けていて、絶頂とはこういうことを言うのだと思った。一番、理想的な愛の交歓であった。
 けれど――留美は思う。
(グレンは、今までどのぐらいの女性を抱いたのかしら――)
 女体の扱い方を知っているグレンである。まさか初めてということはあるまい。グレンはゲリラ兵だった。大人達から仕込まれたかもしれない。
 留美は今までグレンに抱かれたであろう女達に嫉妬した。例え、ゆきずりの相手でも――。
「何考えてる? 留美」
 ――この男といられる自分は幸福だ。たまに、刹那に抱かれているようで妙な気持ちになるのだけれど。
「あの……グレン、まさか私が初めてだった訳じゃないでしょ?」
 間が空いた。
「……お前が初めてだったら――とは思ったよ。お前の体は超一級だ」
 留美がくすん、と吹き出した。
「でも、私も初めて、貴方も初めてじゃどうしていいかわからないでしょう?」
「まぁな。――でも、お前と結婚して良かったと思ってる」
「言いなさいませ。今までどのぐらいの女性を相手にして来たんですの?」
「えーと……どのぐらいだったかな。ダシルの方が詳しいんだ。こういうのは。今からでも呼んで来ようか?」
「別にいいわ。――ダシルと仲がいいのね」
「あいつがいないと、俺は何も出来ないからな。あいつがいて本当に良かった」
「羨ましいわ。そういう相手がいて」
「でも、この間あいつに、『グレン様はもう俺の手から離れたはずでしょう』と言われてしまったよ。あいつなりに妬いてんのかな。――留美に。冗談だってことはわかってるけどな」
「グレンにダシル。――いいコンビね」
「ああ、何度も命を救われたよ。でも……」
 グレンは脱力している留美の手を取った。
「ダシル相手にはこういうこと出来ないもんな」
「でも、考えたことはあるんじゃなくて?」
 留美は、自分でも意地悪だなと思う言葉をグレンに対して発した。
「まぁ、考えるだけなら――でも、俺にはダシルじゃないと思ってたし……その……今はお前がいるから……」
「あら」
 留美がくすくすと笑った。
「それにしてはとても仲が良くて――」
「仲が良くても、手あたり次第じゃないぜ。俺は。ダシルは俺の親友だ」
「そうでしたわね」
 グレンの体が留美の体内で息づく。留美はグレンの唇にキスをした。
「何だよ……俺のこと、煽ってんのか? 留美」
「貴方が愛しくなって――私はダシルに妬いているのかしら。変な感じですわね」
「俺のことで嫉妬しているなら、それこそ男冥利に尽きるってもんだぜ。――留美、大好きだ。お前が例え前に他の男と寝ていても愛しただろうというのに、処女だったとくれば――俺はどうしたらいいのかわからない。この気持ちをどうすればいいのか。愛し過ぎているくらいだ。――留美。俺にはお前しかいない」
 グレンの愛の言葉を、留美はぼうっとしながら聞いている。半ば性的陶酔の余韻が残っている。
「ええ、私も……」
 留美が言うと、グレンが留美の頭を抱いた。
「ここでやめにしようと思ったのに――本当にもう一回したくなったじゃないか」
「私のせいだとおっしゃるの?」
「ああ、お前が魅力的過ぎるせいだ」
 留美の頬に血が上る。それが自分でもわかった。今まで、留美を正しく愛してくれる存在はいなかった。体目的の男もいた。けれど――グレンはそういう輩とは違う気がする。
(グレンは顔立ちだっていいし――)
 留美は美形ばかり見て育ったせいか、かなりの面食いである。そして、グレンは、王留美の好みに合った男であった。
 金色の目、逞しい浅黒い肌。長めの黒髪。
 この男を愛している――そう、留美は思った。それは初めての感覚であった。
「どうする? 留美。このまま続けても――」
「ええ、ええ。貴方のお好きなようになさって。貴方は私の夫なんだから――」
「可愛い女だ。留美」
 硬度を取り戻した肉剣は、留美の体を思うさま貫く。
「ああん……ああっ……」
「留美……」
 グレンの熱い汗が留美の豊満な体に落ちた。――グレンは動きをやめ、留美の胸に己が顔を押し付けた。
「グレン……?」
「いい匂いだ。留美。こんなにいい匂いの女は世界中探したっていやしない」
「ふふ……それは褒め言葉ととっていいのかしら」
「勿論」
 そして、グレンは留美の乳房の付け根を軽く吸う。
「痛っ!」
「お前は俺のものだ。これは、その証だ」
 グレンは留美にキスマークをつけたのであった。こんなに激しく愛されて、留美は幸せだと思った。多少荒っぽいところも、留美の心にかなった。
「もう……。貴方ったら。これは人からは見られないからいいとして」
「ああ、留美。――俺達はいつも一緒だ。一緒に、戦ってくれるか?」
「――貴方が望むのであれば」
 二人は誓いの言葉を交わし合った。グレンが顔を引き締めて言う。
「俺は――クルジスを取り戻す。一緒に来るか?」
「え――?」
 留美は一瞬、グレンの言っている意味がわからなかった。
「クルジス? でも、貴方はゲリラ兵を辞めたのでは……」
「そんなことは一言も言ってない。俺がここで戦いを辞めたのでは、死んだ仲間に申し訳が立たない」
 留美はグレンのを目を見返した。グレンは、年齢の割に豊富な人生経験を積んでいるのだ。戦いも、女の扱いも――。
 留美には、グレンの瞳に砂漠が映っているような気がした。馬や、それに乗った仲間達。汗のにおい。嘶き、蹄が蹴立てる土埃。どこまでも続く地平線。そして――真っ赤な夕日。
 それは、ある時期まで自分には関係のないものと思っていた。けれど、それが現実のものになろうとしている。――選択を迫られていた。
 砂漠のにおいや風――それは、留美には未知にも等しい世界だ。カタロンの基地に行ったことはあるが。
「う……」
 グレンは留美の乳房を鷲掴みにした。
「どうなんだ? 留美。俺と一緒に来るのか? 来ないのか?」
 目の前の男は、少し荒っぽくて、けれど優しいグレンではなかった。――クルジスを取り戻さんとしている、戦う男の顔だった。留美は思わず息を飲む。
「グレン……」
 グレンの顔が悲痛な程歪んだ。こんなグレンは見たことがなかった。けれど、そのグレンにもまた惹かれる自分がいて――。
 今度は王留美が、がっとグレンの手を取った。
「そんなことで狼狽える程、私はやわじゃなくてよ」
「留美。じゃあ――!」
「貴方と一緒に参ります。お兄様にCBを本格的に引き継いでもらってから――」
 ――グレンの目が輝いたように思った。
「CB――お前にはCBのことしか頭にないのか……」
「いいえ。……ただ、私はCBの責任者だから――」
「うるさい!」
 グレンは留美の手を振り払う。そして、留美の体を好き勝手に扱った。
 今までにない乱暴さだった。でも、その中に、留美の体は快感を導き出していたことも確かである。留美の喘ぎ声に、甘いうっとりとした響きが混じりこんだ。彼らは朝まで、若さに任せた激しいまぐわいを続けていた――。

2018.10.06

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