ニールの明日

第二百五十六話

 ――王紅龍の主催で、王留美の送別会が行われた。今まで泊まっていたホテルでである。
 美味しそうな肉の焼ける匂いに、ニール・ディランディは思わず唾を飲み込んだ。
「ニール」
 刹那が登場した。ニールは来客用のシャンパングラスを刹那に手渡した。
「俺達、パーティーばかりやっていないか?」
「まぁ、そう言うな刹那。――王留美がCBからいなくなってしまうんだから」
「距離が離れるだけだろう。……しかし、王留美は根っからのお嬢様だ。砂漠でなんて生活出来るんだろうか」
 刹那がシャンパングラスを見つめている。それは確かにニールも危惧しているところであった。留美の夫のグレンの暮らす場所は戦場だ。――王留美はやっていけるのであろうか。
 ――そんな心配を吹き飛ばすよう、ニールが言った。
「大丈夫だ、お嬢様はそんなにやわじゃないさ」
「だといいがな」
 刹那も留美のことが好きなのだ。恋人としてではなく、だが。――王留美は上司としては一流だった。
「そんな顔すんなって刹那――心配なのはわかるけどさ」
「お前も心配してるくせに」
「王留美はCBより愛を取ったんだ。俺も同じ立場になったら愛する者と戦う方を選ぶぜ」
「ニールは戦士だからな」
「お前は?」
「俺もだ」
 刹那が簡潔に応える。ちりん。グラスの触れ合う音がした。
「またシャンパンか……」
「ミルクの方が良かったか? それとも、また口移しで飲ませてやろうか?」
「――いつまでも子供扱いするな」
 刹那がつっぱねた。
 ――そういうところが子供だっていうんだよ。まぁ、そんな刹那も可愛いけどな。
 ニールは脂下がりながらそう思う。その思念を受け取ったのであろう。刹那が冷たい一瞥をくれた。
「こんな宝石みたいな液体は俺には似つかわしくない」
「――そうか。まぁいいじゃねぇか。楽しもうぜ。宴をよ」
 ニールは刹那の肩を叩く。刹那は苦笑した。
「お前はいつも元気だな。ニール」
「……俺にも人に言えない悩みとかはあるさ。お前だったらわかるだろう?」
「ああ。――知ってる」
「でも、明るくやっていかないとさ――陰々滅々じゃ心が滅入るだけだろう? 俺達は明日どうなるかわからん身なんだしな――勿論、今は平和な状態が保たれているけどな」
「…………」
 刹那にも思うところがあるのだ。刹那がそっと言葉にならない言葉で囁きかけた。――死ぬなよ、と。ニールが頷く。
「皆様。本日はお集まりありがとうございます」
 朗々とした声が響く。王留美だ。隣にはグレンもいる。
「今回は私の為にこのような集まりを用意してくださってありがとうございます。――グレン」
「ええ。俺は、こういう場には慣れてないんで――それでも、この場を設けてくださった王紅龍さんには感謝いたします」
「こちらこそありがとう」
 王紅龍がグレンに礼を述べる。
「――妹を宜しく頼む。グレン」
「任せてください。俺はどんなことをしても留美を守る」
 今まではそれが紅龍の役割だったよな――ニールは思った。昔はまさか紅龍が留美の兄だとは知らなかった。
「ありがとうお兄様」
 王留美が再びマイクを手に取る。
「お兄様には最初は反対されたけれど、お兄様もわかってくれたから――」
「留美は昔からそうだったな。一旦決めると、周りが止めてもきかないという――」
 紅龍はこっそりそう言った。耳聡いニールには、紅龍の言葉が聞こえた。紅龍は妹思いの兄だった。
 ――これからの、CBは大丈夫なんだろうか。
 不安材料は沢山ある。オートマトンの開発、ガンダムを狙う輩、いなくなったリボンズ達イノベイターのこと――。立て続けのパーティーを行うことで、皆、目の前の不安を忘れたがっているのかもしれない。名目は一応あるのだが。
「……オーライザーに乗りたいな」
 刹那がぽつんと呟いた。
「それは、俺もさ」
 ニールは刹那の耳元で囁く。わかってくれるか――? そんな目をして、刹那はひたとニールを見据える。
(本当は、俺、戦いたいんだ。敵と――)
 刹那が脳量子波で喋る。
(わかるよ。俺だってそうだから――)
 だから、グレンの気持ちも、わかる。戦いは男のロマンなのだ。グレンの場合、留美を巻き込んだのがあれなのだが、留美も好んで巻き込まれていった節もある。
「CBのことは、お兄様に一任しますわ。――皆様も協力してくださいませ」
 うぉーっ!と雄たけびが鳴った。何だ?どうした?とニールも思わずきょろきょろする。そういえば、この集まりにも結構人数がいたらしい。
「王紅龍ばんざーい!」
「ばんざーい!」
 ふふ……と刹那は笑った。
「こっちは大丈夫そうだ。ブレーン集団もいるし、紅龍も言われる程無能ではないし」
「ブレーン集団の中には俺らもいるのか? 刹那」
「俺達はどちらかと言うと戦闘要員だろう」
「――違いない」
 ニールは納得した。平和を願う気持ちと、戦を欲する気持ち。その気持ちは矛盾してはいないのだろうか。
「兄さん」
「ライル……」
「退屈そうな顔してるぜ」
「あ、ああ……」
 やはり、ライルにはお見通しか。――ニールの双子の弟、ライル・ディランディには。
「まぁ、俺もここにアニューがいなかったらこんな席外していちゃいちゃしたかったんだけどな――アニューと……」
 俺も恋しい人といちゃいちゃ出来るならそっちの方がいいかも――ニールは思ったが、けれど、今日は特別なのだ。王留美――CBの当主のお嬢様が戦いの地に夫と赴くのだから。
(お嬢様を守ってくれよ。グレン)
 その思いは、CBのメンバー皆の思いだった。お嬢様は彼らに慕われていたのだから。女梟雄と呼ばれながらも。
「なぁ、ニール。いつか――クルジスに行きたいな」
 刹那が言った。
「だって、クルジスはもう――」
「クルジスはグレンが取り戻してくれるんだろう? 俺だって、戦闘に参加することが出来るし――」
「ダメだ」
 ニールはきっぱりと言った。
「ニール……?」
「一人でクルジスへ行くなんてダメだ。行きたいなら俺を連れて行け」
「ニール……」
 そして二人は見つめ合う。ライルの気配が遠ざかる。――遠慮したのだろう。アニューのところへ行ったのかもしれない。
 ライルのことはいい。ニールは再び刹那の元へ意識を飛ばした。
 刹那のことは俺が守る。ニールは何度も何度も誓った思いを繰り返す。刹那とはダブルオーライザーでも共に戦った仲だ。――ダブルオーライザーは、俺にもまた喋ってくれるだろうか。刹那はダブルオーライザーを大事に思っているようだが。イアンと一緒に手入れもしているらしい。
 ――ニールには、それだけの愛着はまだ、ダブルオーライザーにはなかった。
 ELSにも会いたいな――。
 ニールはELSを懐かしく思っていた。金属片に人格があるとしたら、それはELSみたいな存在かもしれない。
「いずれ、オーライザーでクルジスへ行こう」
 もう決定事項のように刹那はニールに言った。その言葉だけがいやにはっきり聞こえたが、後は歓声に紛れてしまった。王留美が紅龍にマイクを渡した。
「今日は本当にありがとうございます。皆さん。何度も言うようですが、これからは私が王留美に代わってCBを取り仕切ります。若輩者ですが、どうか皆様もお力添えをお願いします。これから先はどうぞ皆様でご歓談ください。つまり、無礼講で飲んで騒ごうという訳です」
 ――マイクぐらい複数用意しなかったのだろうか。どうでもいいことだが。
 グレン、王留美、元気でな――。
「ニール……険しい顔をしているじゃないか。さっきの台詞はどうした」
 刹那の言葉に、ニールは自分が険しい顔をしていることを知った。別に悲しんだり、況してや怒っている訳ではない。二人の行くてに幸あることを願っていたのだと言うと、刹那は、だったらそれに相応しい顔をしろと注意された。
 ただ、やはり少し寂しくはあるが――。

2018.10.26

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