ニールの明日

第二百五十二話

「今日は楽しかったな」
 そう言ってニールがホテルのベッドに寝転がる。そんなニールに刹那が呟く。
「――でも、疲れた」
「俺より若いのに……」
「お前のせいもあるんだぞ」
 刹那がニールを睨む。ニールは素知らぬ顔で口笛を吹いた。刹那はシャワー浴びて来ると言う。そのままでいいと、ニールは言ったのに……。
(まぁ、刹那を抱けるんだからいっか――)
 刹那が二人部屋に反対しなかったのも、そういう期待があるのだと、ニールは思っている。実際そうだった。
(いい匂いなんだよな。刹那の肌は――)
 弾力のある瑞々しい肌。南国の果実のような香りを放つ体。ニールを魅了する体液の匂い――ニールにとって、刹那は食べても食べても飽き足らない果実だった。昔はどうだったか知らないが、今はニールだけのもの。
 昔のことを言っても仕方がない。ニールだってあまり人様に誇れた過去を持っている男ではないのだ。

「あ、あ、あ……」
 ぎしぎしとベッドが軋む。ニールは刹那の体をよく味わっていた。
(くっ……最高だぜ。刹那……)
 いつもそうなんだけど、今日は特に締め付けが良いような気さえする。セルゲイとソーマの結婚を見たからだろうか。刹那も昂っている。
「なぁ、刹那……もっと声出せよ……」
「はぁっ、あっ、恥ずかしいじゃないか……」
 なんて可愛い刹那!
 ニールのモノは質量を増した。
「ここには、俺とお前の二人きりだ。――昼間のように、恥ずかしがらなくていい」
「でも、俺達を見ている目がある……あっ!」
「見せつけてやろうじゃねぇか……!」
「……あ、あうっ、ニール……」
「――何だ?」
「あ……愛してる!」
 ニールの目の前で天国の扉が開いた。刹那がニールの肉剣を奥まで迎え入れる。ニールは精液の最後の一滴まで搾り取られそうな気がした。
 ――そこから先の記憶はない。

「……はぁっ」
「大丈夫か? ……ニール……」
「情けねぇな。俺――もうすぐ腹上死するとこだったよ。――それ程良かったんだけどな」
 ニールは刹那に微笑みかける。
「ニール……俺、実を言うと嬉しいんだ……」
「何が? お前の腹の上で俺が死にそうになったことが?」
 刹那が口角を上げて、こくんと頷いた。
「……何でだよ」
「お前も――俺の体で感じてくれてたのが、わかって……」
「いつも言ってるだろ? お前の体は極上の体だと」
「でも、感じさせられるのはいつも俺で――……」
 そこまで言って、刹那は枕の中に顔を埋めた。真っ赤になった顔を見られたくなかったのだろう。――ニールはにやにやした。こいつ、可愛いとこあんじゃねぇか。ニールは刹那の髪を梳く。
「そうか――俺のテクニックにメロメロになってたんだな……」
「そんな訳じゃ……いや、俺の相手には、かなりなテクを持ち合わせてたヤツもいたが、ニールとは比べ物にならなかったぞ」
「おい、俺と寝ている最中に他の男のことを思い出して比べんな」
 そう言いつつも、ニールは満更でもなかった。
(こいつを満足させられるのは俺だけだ――)
「なぁ、刹那。今、俺は幸せなんだけど、お前は幸せか?」
「――何でわざわざ訊く?」
「確かめたかったんだよ」
「……幸せだって確かめたい、その想いを口にするのは、本当は幸せでない証拠ではないのか?」
 ――刹那は時々穿った見方をする。
「お前な……もう少し素直になれよ。ひねくれないでさ――でも、前より少しは素直になったかな」
「素直かどうかなんて、どっちでもいい」
 ――その時、部屋の外にティエリアの気配がした。
「ティエリア?」
 思わずニールが口に出してしまった。
「刹那。――さっき、ティエリアが廊下を歩いてたよな」
「ああ……」
「どうしたんだろ……俺達と同じで、今頃アレルヤといいことやってるはずなのに……」
「ベルベットがいるだろ?」
「ベルベットはフェルトが面倒見てる。――おい、ティエリア!」
 ――応えはない。
「ニール……」
 刹那がぎゅっと手を握った。
「ティエリアの元へ、行ってくれ。――俺は、一人で大丈夫だから」
「ああ。あいつのことは少し気になったんだ。俺も。すぐ戻る。何なら寝ててもいいから」
 ニールの言葉に、刹那は神妙な顔で頷いた。ニールは脱いでいた服を着る。下着にカッターシャツに黒のスラックスだ。
「起きて、待ってる」
「頼んだぞ」
 ニールは刹那の頬にキスをした。そして、ティエリアを探した。というより、ティエリアの部屋に行こうとした。――いや、こっちじゃない。
 ――ティエリアはホテルの外にいた。
「何でこんなところにいるんだよ。お前」
「――風に吹かれたくて。そっちこそ。何で来たんだ」
「お前が通るのを感じたからな」
「見たじゃなく、感じたのか――君の勘の良さはますます発達してるようだな」
「いいことばかりじゃないぜ」
「全くだ」
「来いよ。俺達の部屋に」
「――嫌だ」
「顔色が冴えないな。――アレルヤと、何かあったのか?」
「何もない。――悪いのは僕だ!」
「ティエリア! お前らしくもない! 自分を責めるなんて!」
「君にもそういうことはあるだろ?!」
「――確かにある。……お前は何で、自分を責めてるんだ?」
「――あそこにベンチがある。座ろう」
 少し落ち着いたらしいティエリアが促した。ティエリアとニールは白いベンチに座った。夜気が冷たい。昼間は暖かかったのに。
「さぁ、訊くぞ。ティエリア。――アレルヤと喧嘩したのか?」
 ティエリアがふるっと首を横に振った。紫色の髪がぱっと菫の薫りを匂わせる。ここで、ティエリアを抱き締められたなら――。でも、ニールには刹那がいる。刹那はああ見えて、嫉妬心が強い。
 もしかして、ティエリアも、か? ティエリアも、アレルヤのことで、誰かに嫉妬しているのか? 浮気を疑ってるのか? アレルヤがティエリアの名をベッドで呼び間違えたりしたんだろうか――けれど、それならアレルヤが悪い。ティエリアだったら、きっぱりそう言うはずだ。
「何もないなら、もう帰った方がいい。アレルヤが心配する」
「もう少しだけ、ここにいさせてくれ――彼の顔を、今は見たくない。……アレルヤは、ソーマ・ピーリス――いや、マリー・パーファシーのことを今でも忘れてないんだ……」
「マリー……か」
「ああ。ソーマ・ピーリスの本当の名で――アレルヤ・ハプティズムの初恋だった女だ」
「アレルヤだって恋ぐらいするだろ」
「ああ。でも、それが僕には嫌だったんだ……」
「でも、彼女はソーマ・ピーリスとして、セルゲイ・スミルノフと結婚したんだ」
「……そうだな……」
「それに、お前らにはベルベット・アーデがいるじゃないか」
「ベルベットは確かに愛しい。――でも、僕が腹を痛めて産んだ子じゃない……」
「そんなことまだ気にしてんのか! ベルのことでは、俺はどんなにお前らのことを羨ましがってたか、知らないのか?! 刹那も羨ましかったはずだ! ――いや、羨ましがってる! ティエリア! お前は贅沢だぞ!」

2018.09.13

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