ニールの明日

第二百五十九話

 ――ダブルオーガンダムの前に、刹那・F・セイエイが佇んでいる。相方のニール・ディランディがそれを見つけて声をかけた。
「刹那! こんなところにいたのか!」
「ああ……ニール……」
「逢引の邪魔をしてごめんな」
「別段逢引なんかじゃ……」
 ここにはダブルオーガンダム、そして、支援機のオーライザーが体を休めている。機械の匂いはニールにとってはむしろ心地良い。刹那も同様だろう。ガンダムデュナメスに似た匂いだ。同じガンダムタイプだから、当然かもしれないが。
 しかし、ダブルオーガンダムは……喋ることが出来る。
「なんだ。ダブルオーガンダムと話してると思ってたら……」
「いや、今は黙ったままだ」
「――様子を見に、わざわざ来たって訳か……俺もだけどな。イアンのおやっさんもいねぇんだろ?」
「もう部屋に帰りたいと言うから、俺がここで番をすることを引き受けた」
「――よく手入れされているな。ダブルオーライザー」
 ニールがダブルオーガンダムの機体を撫でた。イアン・ヴァスティや部下の整備員、そして、刹那に丹念に手入れをされているのだから当然だろう。ニールはオーライザーに乗って刹那を補佐する立場に自分がいることを思うと誇りで胸がはち切れそうになった。
「刹那……お前はもう、立派なガンダムだ」
「ありがとう――最高の褒め言葉だ」
 いつか南の島で言った台詞を刹那は繰り返した。
「いや、マジでさ――刹那とダブルオーライザーは、一蓮托生だもんな」
 それに、俺ともな――ニールは密かに刹那に対して思う。
「そうか……」
 刹那の口元が綻んだ。嬉しいのだろう。――ニールはそんな刹那の笑顔が好きだ。そして、きっと、あのグラハム・エーカーも……この笑顔を見たらますます惚れ直すかもしれない。
「あー、ニール……グラハム……いや、ミスター・ブシドーの前ではそんな可愛い笑顔見せない方がいいぜ」
「俺は可愛くない。それに、どうしてそこでミスター・ブシドーが出てくるんだ」
「いや、何となく――さ」
 お前は可愛いぜ、刹那。お前さんは自覚していないようだがな――ニールは刹那をつくづく罪な存在だと思った。
 リボンズは悪役だが、刹那を助けてくれたことには礼を言いたい。アリーにも、言いたいことは山程あるが、今は、娘と孫と、幸せに暮らして欲しいと望んでいる。――イノベイター達もニールの心を知ったら、同じようにそれを望んでくれるであろうか……。
「……ニール?」
「いや、何でもない。……世界が愛しいと思っただけだ。刹那、お前がいるから」
「ニール……俺も、ニールがいてくれて良かった……」
「キスしていいか?」
「またか――お前はキスが好きだな」
「だって、重要なコミュニケーション行為だろ?」
 そして、セックスもな――だが、その言葉はニールは口に出さなかった。何故か、神聖冒涜のような気がして。ダブルオーガンダムがいるからかもしれない。
「……一回だけだぞ」
 ニールは聖なる少女に対するように敬虔な気持ちで、刹那の唇に触れる。軽く触れる、バードキス。ニールの背筋に電流が走った。いつもと違うキス。だが、興奮はいや増す。
「……ニール、ベッドへ行くか?」
 いつもだったら嬉しいはずの刹那の誘い。だが、ニールは満足げに首を横に振った。
「いや、俺もお前と一緒にここにいたい」
「そうか……」
 刹那がまた微笑む。よく笑うようになったな、刹那。ニールは刹那が愛おしくなった。
「なら、なぁ、その……こんなことを言うのもあれだが……ハグしてもいいか?」
「――今更だろう」
 その台詞を承諾の意ととって、ニールは刹那を抱き締めた。刹那の温もりがする。刹那の果実めいた香りがする。
 たまには、こういうのもいいなぁ……。
 欲情しない訳ではないが、こうやって、少年時代に帰った時みたいに、好きな人と優しく接するのも悪くない。何だか新鮮な感じがする。
「刹那、好きだ」
 ニールは紅茶色の瞳を見つめる。――戦う時は、刹那の瞳は金色に光るのだ。そして、ニールも……。
「俺も、ニールが好き。――好きって、簡単なことなんだな」
「いや、世の中には、人を好きになるのが難しいというヤツもいるがな――」
「少なくとも、このCBにはいない。ニール――お前を愛してる」
 刹那はニールの肩に頭を乗せた。
 ――俺への刹那の想いは、一方通行ではない。
 そのことを改めて思い知って、ニールは感動した。この罪深い自分のことをも、愛してる、と言ってくれる存在がいるのだ。そして、自分の双子の弟、ライル・ディランディにも――。
(ライルも俺も、いい恋が出来て良かったなぁ――)
 つい脂下がりそうになる顔をニールは引き締めた。自分ではめいっぱい真面目な顔をしたと考えている。だが――
「どうした? ニール。怖い顔して……怒ってるのか」
 と、刹那に怖々訊かれ、あらら、と脱力したニールだった。
「うんにゃ、怒ってなんかいねぇよ。――むしろ、嬉しいんだ。だけど、こんなシリアスな場面でニヤつくのもどうかと――ほら、心を読んでみろよ。俺が怒ってないの、わかるだろ?」
 ニールは刹那に対して胸襟を開く。刹那は納得したように頷いた。
「ほんとだ、怒ってない」
「だろ?」
 ニールはほっとしたようだった。誤解だったとはいえ、刹那を少しでも哀しませたくない。
「ニール、お前は綺麗な魂の色をしているな」
 突如、考えてもみなかったことを言われ、ニールは焦った。
「刹那……お前は人の魂の色が見えるのか?」
「ああ……お前の魂は、綺麗なハート色をしている」
「それはお前に恋い焦がれているからだろ」
「かもしれんな。――光栄だ。それからダブルオーライザー。雄々しい海の色をしている」
「ダブルオーライザーにも魂があるのか?」
「喋るくらいだ。魂だってあるだろ」
「じゃ、じゃあELSは?! ELSはどんな魂の色をしている?!」
「――口では言い表せないくらい、綺麗な色だ。……外宇宙では、あんな綺麗な存在がいっぱいいるんだろうな……」
「……悪い存在もいるかもしれないぜ」
 ニールは今度は真剣に言った。来たるべき対話。イオリア・シュヘンベルグの提唱した概念は、実現されつつある。ニールは、ELSに会えて良かったと思っている。だが――広い宇宙にはもしかしたらリボンズ・アルマークも可愛く思えるくらい、野心を持った存在も、いないとは言いきれない。
「だから、俺達がいるのだろう。――悪い存在を浄化させる為に」
「けれど、俺達は戦うことしか出来ないぜ」
「――そうかもしれない。俺達は、出来ることをするだけだ」
 そういえば、CBも武力による戦争根絶という矛盾した理念を掲げている。善と悪はそう違った考えではないのかもしれない。
 偽善でも、貫き通せば善に変わる。
 誰かが言ってた言葉だ。アレルヤ・ハプティズムだったかな――と、ニールは記憶の書物をひも解く。
 アレルヤにはハレルヤがいる。ハレルヤ・ハプティズム。彼はアレルヤのもうひとつの人格で、穏やかな彼とは正反対の性格をしている。けれど、アレルヤのことは愛している。――でなかったら、彼のことだ。とっくに彼のことを殺しているだろう。
 ハレルヤも、叶わぬ恋をしているんだな――。
 ニールは思った。ハレルヤは口が悪くて狂暴。だが、アレルヤのことを見守っている。
 けれど、アレルヤにはティエリアがいる。その前にはマリー・パーファシーが……。アレルヤがハレルヤに振り向くことはない。ハレルヤはそのことをよく知っている。でも、アレルヤがピンチの時はアレルヤを助けている。
 そのことをニールは戦闘中に嫌という程思い知らされた。
(この世には、まだまだ悪意が沢山ある――)
 悪意とは、叶わぬ願いが変化した姿である。――しかし、いつかは昇華される。大いなる善に。
 それを実現させる為に、己は戦っている。
「その通りだ。ニール――」
「あ、刹那……」
 ――俺の心を読んでいたのか。抱き締め合ったままだもんな……ニールは苦笑した。
「昇華させる為には……対話が必要だ」
「ああ……ELSとも対話出来たもんな――イノベイターとも」
「戦争は無知から起こる。相手をよくしれば、戦争もなくなる」
「だけど、戦争も重要なコミュニケーション手段のひとつだぜ。だからこそ、イオリアのじいさんもCBの基を作ったんだ」
 刹那は向こうを向いたが、やがてこちらを見た。
「ニールの言う通りだ。お前も俺も、アレルヤやティエリア……それから、沙慈も世界の歪みと戦っている」
「――グレンもな」
「俺は、王留美はまたCBに戻ってくるような気がしてならない。――グレンと一緒に無事クルジスを取り戻して、CBに無事凱旋出来るといいな」
「お前はお嬢様が好きなのか?」
「何を馬鹿げたことを――そうだな。嫌いじゃない。わかるだろう? ニール――お前になら……。だが、俺はお前の方が好きだ」

2018.11.26

→次へ

目次/HOME