ニールの明日

第二百五十一話

 刹那がニールの方に視線を寄越す。
 刹那の愛する者――。
(――俺か)
 ニールはにやりと笑った。
「何ニヤついているんだ。ニール。――お前のことだとは言ってないだろ」
 その台詞で、ニールの考えを裏付けたとは知りもしないで刹那は言う。ふふっ、とルイスが笑った。――ほら、ルイスが笑ってる。ニールも思わず笑い出したくなった。
「私、沙慈が好き」
 ルイスが言った。
「――ああ」
 ニールが頷いた。
「戻るわね」
「ああ、そんじゃな」
 ニールに見送られながら、ルイスは沙慈達の元へ帰って行った。ルイスは沙慈とアンドレイの中に入って楽しそうに喋る。――もう心配はいらない。ニールはほっとした。沙慈もアンドレイも気にしていただろう。ルイスが戻ると二人とも嬉しそうな顔をしていた。
「なぁ、刹那。――刹那の愛する者って、俺だろ?」
「――そうだ」
 刹那は否定しなかった。このまま二人で見つめ合っててもいい。ニールはそう思っていたのだが。
「俺、シャンパン取って来る」
「おう……」
 刹那もシャンパン飲める年齢になった――ニールは改めて感慨に耽っていた。
(そういえば、長い間宇宙を彷徨ってたんだよなぁ、俺――ジョーとボブがいなかったらあのまんまだったかも……)
 そう思ったニールの背中に怖気が走った。
「はい。シャンパン」
 刹那がグラスを差し出す。
「おお、サンキュ」
(刹那――好きだ)
 そして、刹那もニールが好きだと思う。シャンパンの高貴な香りがたまらない。流石、王留美が主催のパーティーである。この香りはグラン・クリュだな。ニールは香りを楽しむ。
「ニール。シャンパンはそうやって飲むものなのか?」
「ん? まぁ、人それぞれなんじゃね?」
「――俺、作法とか全然わからないから――」
「そうか――」
 こいつはずっと戦場暮らしだったもんな。昔はアリーに騙されて――ニールは思った。砂漠でも随分苦労したことだろう。刹那と砂漠で会った時、とても感動したことをニールは思い出していた。――俺達はやっぱり運命の恋人同士だと感じた。
 いつか、こんなパーティーが開けたら……王留美の力も借りずに。
 王留美も客と談笑している。この人物達はCBに役に立つ者なのだろう。そういう計算高さが王留美にはある。傍でグレンがシャンパンを舐めていた。
 ――王留美も紅龍に頼っときゃいいのに……じっとしてられないんだな。
 ニールがくすりと笑った。
 でも、交渉術は紅龍より王留美の方が長けているだろう。一日の長だ。
(王留美も、紅龍に任せておいた方がいいよな)
 刹那の声が聴こえた。ニールと同じ意見らしい。
(刹那――俺もそう思っていたところだ。気が合うな。俺達)
(というか、そう考えるのは当たり前だろう? 紅龍はいずれCBを背負って立つ男だ)
(と言っても王留美に専業主婦が務まるとは思えないけどな)
 女は家を守るもの――グレンはそう考えているに違いない。割と古風な考え方をする男だ。グレンという男は。――王留美はグレンと共に戦える力を持った女だが。グレンは王留美に背中を預けたいのかもしれない。
 ニールと刹那のように――。
 ニールと刹那が脳量子波で会話しているのを、大抵の人間は知らない。だが、アレルヤとティエリアがこちらを見ている。ベルベットも――。
(にーるおにいちゃまたち、なにはなしてるの?)
(しーっ。ベル、いい子だから彼らの話を邪魔しないようにしようね)
(ああ。ニールに刹那。今の聞いたか? ――……僕がお前らの話をシャットアウトするから大丈夫だ)
 ベルベットにアレルヤ、ティエリアまで――。
 ティエリアにシャットアウトしてくれると聞いて、少しほっとしたニールだが、刹那との仲を見せつけたい気もする。
 刹那はシャンパンをじっと見ている。
「どうした? 刹那」
「うん。こんな綺麗でいい香りのする飲み物を俺が飲んでいいのかと――」
「いいよ。お前にはその権利がある」
「権利か……でも……」
「――仕様がねぇな」
 ニールは髪を掻き上げると自分のシャンパンを口に含んでキスをした。そして、刹那に口移しで飲ませる。驚いた刹那が持っていたシャンパングラスの中身を半分程こぼしてしまった。
「ん……ん……!」
 少しして、ニールは刹那の唇から唇を離した。刹那が無事に嚥下したのが喉の動きでわかる。
「どうだ? 刹那。旨いか?」
「う……よくわからないが、旨い気がする……」
「よし! 今度はちゃんと自分で飲むんだぞ」
「あ、ああ……それにしても気づかないのか? ニール……俺達注目の的だぞ」
「何だ。そんなことか。そんなことを気にするなんて、刹那は恥ずかしがり屋だな」
「お前が恥を知らないだけだと思うぞ――」
「人の目なんて、気にしなければどうってことないのに……」
 ――ティエリアがベルベットの目を手で覆っていた。ぷらすとまいなすは寿司に夢中で気づいてさえいない。多少せき込みながら刹那が言った。
「済まない……ティエリア。ベルベットの前で……」
「いや。刹那・F・セイエイ。君は悪くない。――悪いのはニール・ディランディだ!」
 ティエリアが柳眉を逆立てて睨む。そんな視線にもニールはどこ吹く風。慣れているのだ。ティエリアの癇癪には。
「かあさま、どうしたの?」
「――ベルベット……いや、ニールが悪いことしてたんで、注意しただけだ」
「何が悪いことだよ……ティエリアだってアレルヤとしょっちゅうやってることだろ!」
「馬鹿! ニール!」
「はい、そこまで――ベルが怯えてるよ」
 アレルヤが仲裁をした。
「む……済まん。アレルヤ……」
「かあさま、もうてをどけて」
「ああ――悪かった。ベルベット」
 ティエリアが手をどけると、ベルベットがにこっと笑った。ニールが思わず感激する。
「か、可愛い……」
「そうだろう? ベルは可愛いだろう?」
 アレルヤが自慢げに胸を張る。
 罪を知らない幼子とはこういう子を言うんだな――ニールは湿った目元を擦る。
「ニール。目を擦るな。赤くなる」
 ニールは白目が青みがかっている。赤くなるとそれが台無しになる。――刹那はそう言いたいのだろう。
「ん? ああ、ありがと」
「――別に礼を言われるようなことはしていない」
 刹那は素っ気なく答える。
「――泣くなよ」
「ああ……ベルベットがあまりにも汚れを知らないもんでついな……もう大丈夫だぜ」
 ――ニールは気づかない。自分達の噂を周りの大人達がしていることを。気づいたとしても、平然と肩を竦めるだけであろう。一部、温かい目で二人を見ている者達がいる。ニールはそれには気が付いて、嬉しくなって口の端を上げる。彼らはニール達の仲を快く思っている。
「ニール、刹那」
 白いタキシードを着たセルゲイが近寄る。
「大丈夫か?」
「ああ――セルゲイもありがと。そしておめでとう」
「……ホリーも、夢の中で祝福してくれたよ」
「それ、ほんとか?!」
「――幸せになってね。……だそうだ。私の勝手な思い込みかもしれないが」
「思い込みじゃない! ホリーさんは本当にそう思っている!」
 ニールが力を込めて主張した。セルゲイは苦笑しながら、そうだといいがな、と返事をした。そして、やって来た彼の花嫁――ソーマ・ピーリスと共に腕を組んで、再び友人達と談笑に加わった。

2018.09.03

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