ニールの明日

第七十四話

ティエリアとニールはその後もしばらく話していたが、あらかた刹那が今の状態を報告したらしく、緊急に話し合うことは殆ど残っていなかった。
「それでは。何かあったらまた連絡をくれ」
「待てよ、ティエリア」
「……何だ?」
「こっちに迎えが来るのに……本当に明後日までかかるのか?」
「行こうと思えばすぐ行ける。我々はフリーパスのようだからな」
「じゃあ、何故……」
「君達だって二人きりでのんびりしたいだろう?それじゃ」
画像が消える前に、ティエリアがウィンクしたようだった。
「はっ!……ティエリアも粋な計らいするようになったな」
ニールは自分の茶色の髪をくしゃりとかきあげた。
『ニール、ニール』
ハロが飛んでくる。
「どうした?ハロ」
『ニールモウミイク、ウミイク』
「おう」
パイロットスーツを脱ぎ捨て、上半身裸になったニールが海に入る。
目の前の刹那の体が濡れている。日焼けした肌。水滴を含んだ黒髪。
(水もしたたるいい男ってか)
まばゆい光を浴びて、刹那はまるで海の妖精のようだ。
(こんな綺麗な少年が恋人なんだ。罰が当たらなければいいなぁ)
ニールが目を細める。
「ニール、一緒に泳がないか?」
「オーケー!」
そして二人はエメラルドグリーンの海で魚になる。色とりどりの珊瑚礁が美しい。ハロがその映像を撮っていた。
刹那の後をニールが追いかける。追い越すのは簡単だが、ニールは刹那を見ていたかった。
泳ぐ刹那。案外水泳が上手い。南国の海や珊瑚礁のある景色とあいまってこの世のものとは思えぬ風景に仕上がっている。まるで絵画のようだ。この光景を見られる自分は何という果報者だろう、とニールは考えた。
ぷはっ、とニールが海面から顔を出す。ほぼ同時に刹那も。
「泳ぎ上手いな、刹那」
「……一度父に海に連れて行ってもらったことがある」
「クルジスに海なんてあるのか?」
「他の国だったかもしれない。もぐりっこをした。俺はがんばったが父には敵わなかった」
刹那がとつとつと話すのをニールは喜んで聞いていた。刹那はいつもは親の話なんてしない。まるで両親なんていないと言わんばかりに、彼は親のことを滅多に語らなかった。勿論、CBには守秘義務があったからだが、なし崩しにそれが瓦解した今も、刹那は親については口をつぐんでいた。
いや、刹那だけではない。
アレルヤも、ティエリアも、どういう成育史があるのかニールにはわからないでいる。語りたい程幸せなものではなかったのだろうか。
テロに巻き込まれたとは言え、それまでは家族と幸福に暮らしていた自分が故なき恥を覚える。幸福であったこと、それ自体が罪であるかのように。
だから、ほんの少しでも刹那が父親の話をしてくれたことが嬉しかった。刹那が自分に心を開いたのがわかるようで。話が終わっても、ニールの感じた温かさは消えることはなかった。
ハロが歌いながらプカプカ流されてきた。それは海のことを歌った童謡だった。
『ウ~ミ~ハヒロイ~ナ~♪』
「誰だよ、ハロにこんな歌教えたヤツ」
ニールは思わず吹き出した。刹那が言った。
「誰だっていいだろう。ハロ、海は楽しいか?」
『タノシイ、タノシイ』
ニールと刹那は顔を見合わせて、お互いクスッと笑った。ハロは清涼剤兼マスコットである。
「ニール。あの岩まで競争しよう」
刹那の誘いに、
「ああ!」
とニールは快諾した。彼らは再び海に潜る。カラフルな魚達が後押しをする。何で南国の魚は色が派手なのだろうとニールはいつも思う。
タッチの差でニールが勝った。
「ニール、おまえがこんなに速いなんて思わなかった。俺も本気を出したんだが」
「夏が来る度に避暑地で泳いでいたからな」
ニールは思わず、しまった!と考えた。これではただの自慢ではないか。だが、刹那は笑っていた。
「いつまで経ってもおまえには敵わない。ニール」
「そんなことはない。おまえはいい男になったよ。刹那。おまえが今の俺ぐらいの年になったら、俺なんかよりもっといい男になるよ」
何となく、二人の間にいいムードが流れた。その時、
『ハロ、イッチバーン!』
と電子音が聞こえた。ハロが二人の元に流れてきた。ニールと刹那は青い空に向かって大笑いした。突き抜けたように、どこまでもどこまでも続く空だった。

2013.8.22


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