ニールの明日

第七十三話

ザーン、ザーン……。
波の音で目が覚めた。
「ニール……」
甘さを秘めた快い青年の声がした。刹那がニールの顔を覗き込んでいる。
「あ、刹那……何だ?」
「おまえの顔を見てた」
刹那はニールの頬を撫でた。刹那のしなやかな指が眼帯をなぞる。
「……綺麗だな、おまえの顔」
「刹那……」
ニールは刹那の手首を握り、軽く力を入れた。恥ずかしいのか、刹那はそっぽを向いて伝えた。
「アレルヤ奪還は成功したぞ」
「ほんとか?!」
ニールの声が弾んだ。
「ああ、詳しくはティエリアから聞くといい。……それよりも手を離せ。ニール」
「わかった。でもここ……どこ?」
白い砂浜。海岸に並んだ椰子の木。南の島のようだが、トレミーのあった南国の地とは微妙に違う。刹那が説明する。
「……無人島らしい。十分も歩けば一周できる小さな島だ」
「何故、ここに?」
「俺達は……ガンダムに乗ったまま渦に巻き込まれたらしい。気がついたらここにいた」
傍には二機のガンダムが並んでいる。
「おまえを引きずり下ろすのには苦労した。……重いからな」
「おう。……すまない」
「まあ、ここならとりあえず危険もなさそうだ。アロウズに抵抗している区域だからな」
「そっか。……何でわかった」
「ティエリアから聞いた。明後日迎えに来るとさ」
「そっか……」
ニールが目をつむった。
助かったんだ、俺達……。
「おい。まだ寝るな」
刹那がニールの頬をぺちぺちと叩く。
「寝てねぇよ。考えごとしてたんだ」
ニールが「よっ」と起き上がった。
「あの光のことか?」
「光?」
「……わからないならわからないでいい」
「待てよ。気になるじゃねぇか」
「綺麗な光に包まれたんだ。俺とおまえの」
「?」
要領を得ない刹那の台詞にニールは首を傾げた。
「おまえが俺をかばった時のことだ。俺の機体から青い光が出て、おまえの機体からは緑の光が出て、交わって青緑の光になった。その光が俺達を護ってくれた」
「何だって?!」
ニールは素っ頓狂な声を出した。
「俺も光に護られたんだよ!綺麗な緑色の光に!宇宙で!」
「は……」
刹那は驚いてしきりに瞬きをしている。
「ああ、どう言ったらいいんだろう、畜生!俺がここにいることができるのも、宇宙で緑色の光が護ってくれたかららしいんだ!……畜生!その青緑の光、見てみたかったぜ。俺とおまえの光……!」
「……また見られるさ」
刹那は微かに笑った。
「それより、ティエリアには連絡しないのか?」
「ああ、そうだった」
ニールは端末を探り当てる。
『ワーイ、ウミー、ウミー』
ハロが波打ち際ではしゃいでいる。防水加工を施されたハロは海水も平気なのだ。刹那はケルディムからハロも外に出したらしい。
「ハロー、ちょっと静かにしてろー。……あ、ティエリア」
「ニール・ディランディ。連絡くれてありがとう」
ティエリアは晴れ晴れとした顔を見せる。
(こいつも表情豊かになったよなぁ……)
「よう、ティエリア。アレルヤとはいいことした後かい?」
「……ふざけるんなら切るぞ」
「まあ、待て。アレルヤを無事救出するまで俺は禁欲生活を強いられてたんだ」
「そうか……それは済まなかった」
「何でティエリアが謝るんだ?」
「アレルヤに関する責任は僕の責任でもあるからな」
その途端、ニールは大声で笑い出した。刹那に睨まれる。「煩い」とでも言いたそうな視線だった。
「何がおかしい」
端末から不機嫌な声がもれた。ティエリアがムッとした顔になっている。
「おまえって本当にアレルヤのことが好きなんだな。アレルヤの代わりに謝るなんて」
「わ……悪いか」
「悪かないさ。おまえさんにも人を愛する心があったなんて、昔なら考えもしなかったからな」
「……俺をサイボーグか何かと勘違いしていなかったか?」
「……まあな。俺は今のティエリアの方が好きだよ。前よりよほど人間らしい」
「人間……か」
ティエリアが端末の向こうで溜息をついた。
「アレルヤはどうしている」
「今眠っている。だいぶ手酷い拷問を受けたらしい。彼もマイスターだから体の方は回復は早いが……その、君の言う『いいこと』はまだしていない」
ティエリアの頬に赤みがさした。
(おー、おー。照れちゃって)
「ま、これからいくらでもチャンスがあるだろ」
俺と刹那のようにな。
ティエリアがこくんと頷いた。その様すら初々しい。
「アレルヤはアリオスガンダムで戦うことになった」
「ああ」
「ライルもアレルヤ奪還に同行したのだが……カタロンの仲間達を助ける為に無茶をやらかしてな。おかげでアロウズに睨まれることになった」
「睨まれてんのは前からだろ?」
「今まで以上にさ。しかし、彼は嫌いになれない」
ニールも同意を示す為に首肯した。
ニールはライルのことについては心配していなかった。双子なら自分の運の強さが受け継がれているはずなのだから。
それとも、ライル以上に己の気を引く存在、刹那・F・セイエイがいたからか。
(それもあるだろうな……)
しかし、ライルだってアニューに恋している。
刹那がハロと水遊びをし始める。
ライルが肉体の一卵性双生児なら、刹那は魂の一卵性双生児だ。
「チームトリニティは?」
「無事だ。ただ、彼らが何を考えているのかはよくはわからない。ヨハンが手綱を引いているようだがな」
ティエリアはゆっくりと首を横に振った。

2013.8.12


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