ニールの明日

第七十六話

海で遊んだニール達にはすっかり海水の匂いが染み付いてしまった。
「今度はあっち行ってみようぜ」
ニールが森の方を指差した。刹那が頷いた。
「ああ。あそこには面白いものがある」
「ほんとか?」
ニールは鼻歌を歌いながら刹那の後についていく。それは森に入ってすぐのところにあった。
「ほら」
それは家……というより小屋だった。今は誰も住んでいない様子だった。けれどそんなに荒れていない。
(ここにもロビンソン・クルーソーがいたのか)
ニールは感心した。
「入ってみないか?」
「そうだな」
ニールの提案に刹那も乗った。
『イコウ、イコウ』
と、ハロ。
「へぇ……ここ水道まだ使えるんだ。あ、こっちには寝室がある。……おっ。電気も使えるじゃねぇか」
ニールのはしゃぎっぷりに刹那は苦笑しているようだった。
一通り満足したニールと刹那は小屋から出てきた。
「確かに面白かったな」
『オモシロイ、オモシロイ』
ニールもハロも上機嫌である。
刹那は歩きながら赤い実をもいで食べた。
「刹那、それ旨いか?」
「ああ」
刹那は赤い実をニールに差し出そうとした。ニールは刹那の唇に己のそれに近づけ舌を入れて刹那の口の中の木の実を奪った。ニールはよく味わってごくんと飲み込む。
「な……」
不意打ちに刹那は目を見開いて口をぱくぱくさせていた。
「うん、旨いぜ刹那」
そう言ってニールは相手に秋波を送る。
「馬鹿っ!」
「動揺してんのか、可愛いな、刹那。どれ、そっちも貰おう……いてっ!」
「ふん!」
ニールは刹那に手の甲をはたかれた。
「あっははは。刹那が怒った!」
『オコッタ、オコッタ』
ニールとハロに囃し立てられ、刹那は気分を害したらしい。
「置いてくぞ」
と早足で歩き出した。
「あっ、待ってくれ、刹那」
『マッテ、マッテ』
「なあ、刹那。本当に怒ってんのか?」
「少しだけな。でもこんなこといちいち気にしていたらおまえとは付き合えん。おまえのおかげで俺は強くなった」
「それ皮肉?」
「わかるか?」
刹那はさっきとはうってかわって可愛らしい、年相応の笑みを見せた。
(か、可愛い……)
刹那の表情の変化がニールの心を捉えた。今度はニールが不意打ちを受ける番だった。
そういや、こんなとこに来て何もないなんてセオリーに反しているよな。さっきディープキスしてやったけど。
よしっ……。
ニールが何事かを企んでいた時だった。
「ニール。食料を調達しよう」
刹那の台詞を聞いた途端、ニールのお腹がぐ~っと鳴った。刹那は思い切り笑った。ニールも照れ笑いをした。
リスの家族がその様子を眺めていた。
それからニール達は山菜、きのこなど山の幸をどっさり収穫した。彼らはそれで鍋料理を作って腹を満たした。

南国の夜はまだ暑く、昼間の余韻を残している。辺りは青いベールに包まれ、刹那の表情も何とかわかるくらいだ。空には星が輝き始めている。
ニールと刹那は浜辺で寄せては返す波を眺めていた。ハロはどこかに行っている。
「この海は……何億年も変わらずこんな単調な動きを繰り返してきたんだな」
ニールは……聞いていなかった。彼の頭の中は、
(刹那を抱きたい!)
という想いでいっぱいだった。
けれど、孤島の浜辺で刹那と二人きりでそのままというシチュエーションも捨て難く……。
だが、とうとう限界が来た。
「刹那……」
我ながら甘い掠れ声で刹那を呼んだ。いつもなら大人しく口づけを待つ刹那が顔を背けた。
「……どうした?」
「おまえは……俺なんかには勿体ない」
ニールが素っ頓狂な声を出した。
「はあ?!逆じゃねぇの?いいからこっち向けよ。どうしてそう思ったんだか聞いてやるから」
アレルヤ奪還は成功したのだし、禁欲生活も解かれるものと思っていた。
「アレルヤのことだけど……」
あ、やっぱりアレルヤのことか。
「俺はこんなことを思ってしまったんだ。『アロウズに捕まったのがニールでなくアレルヤで良かった』と。ティエリアの気持ちも考えずに……俺は、最低だ」
「そうか。だったら俺も最低だな」
ニールがあっけらかんと答えた。
「ニール……?」
「俺もアロウズに捕まったのが刹那でなくて良かったと思った」
「でも、それは違……っ!」
「違わない。人間って利己的なものなんだぜ。俺はそれもひっくるめて……人間を、そしてそんな人間の一人である刹那を愛してる」
「ニール……」
こっちを見た刹那の目からつーっと涙がこぼれた。そしてがむしゃらにニールに泣きながら抱き着いた。
「ニール、ニール!」
「おまえは優しいな、刹那……」
流れのままに押し倒したくなる欲情を抑えてニールがきいた。
「おまえを抱いていいか?刹那」
ニールに向き直った刹那が小さく頷いた。
二人は深い深い口づけを交わした。
下着を脱ぐのももどかしい。
刹那の体の隅々までも舌で清める。刹那は戸惑い、
「に、ニール……」
と暗に止めるように声を出したがそれはかえってニールを煽るだけだった。
心ゆくまで前戯を楽しむとニールは刹那の中に入った。
「はあっ、ニール、ニール……!」
いつもとは違う快楽に刹那はニールの広い背中にしがみつく。南の島の交合はニールにとっても新鮮な感覚を呼び覚ました。
ここの暑さより更に熱を帯びた二人の体。
彼らは白い砂が体に纏わり付くのも構わずに互いに互いを味わい尽くそうとする。何度達しても終わりは見えない気がした。

2013.9.13


→次へ

目次/HOME