ニールの明日

第七十九話

 スメラギ・李・ノリエガのプロポーションは今見ても良く保たれていた。
「しっかしミス・スメラギ。アンタが来たときゃ驚いたぜ」
「うふふっ」
 ニールの言葉にスメラギは含み笑いをした。
 ビリーとの関係の破局でさぞかし気落ちしているかと思いきや、なんだか元気そうだ。
 尤も、ニールは、
(空元気でないといいがな)
 と、気にはなっている。同じ釜の飯を食ったトレミーのクルーなのだ。気になるのは仕方がない。
 ニールも刹那も、敢えてビリーのことには触れなかった。
「ジュース飲む? 私用意して来るわ」
「お願いするよ。ここは暑くてな」
「わかった」
 スメラギの手ずからのジュースを飲みながら、ニールは、
「アレルヤは? 今はどんな感じだ?」
 と訊く。刹那は黙ってストローを啜っていた。スメラギは腕を組んだ。
「うーん。それについてはティエリアの方が詳しいんじゃないかしら」
「あ、そっか」
「――ニール。アレルヤにはもうじき会える」
 刹那は落ち着いていた。
「あの男は無事だ。ティエリアがついているからな」
「でも……」
 ニールは言いかけてやめた。
「そうだな。刹那の言う通りだ」
 そして、ニールは刹那の頭を撫でた。
「こら。子供扱いするな」
 刹那は抵抗する。スメラギはそんな二人の様子を見て笑った。
「ニールや刹那が死んでしまったらどうしようと心配したこともあったけど、いつも通りのあなた方が見れて嬉しいわ」
「俺達不死身だもん。なぁ、刹那」
「…………」
「答えろよ、おいっ!」
 ――相変わらずの二人にスメラギが大声で笑った。

 彼らは無事トレミーへと着いた。
「ニール、刹那! お帰り!」
 一番に出迎えてくれたのはリヒティだった。ニールは片手を上げた。
「――よぉ、リヒティ。クリスは?」
「リヒターのお守り。赤んぼは大変だけど幸せも運んでくれるって言ってた」
 そう言ってリヒティはやに下がる。もう立派な父親だ。昔はまだ坊ちゃんらしい甘さも残していたが。
「そうか」
 ニールはリヒティとクリスの家族を祝福すると同時に、何となく複雑な感情を抱くのも否めなかった。
 ――刹那は、ニールの子供を産めない。
(刹那が女だったら良かったな)
 子供は嫌いじゃない。はっきり言って好きだ。だが、ニールは自分の子供を抱くことはできないのだ。
 ――おそらく、永遠に。
 これからは恋する相手は刹那ただ一人と心に決めているのだから。
「お帰り、兄さん」
 ライルが出てきた。
「よぉ、愛する弟」
 そう言って二人はハグをした。
「うーん、こうして見ると同一人物が二人に分かれてハグしているようで気持ち悪いな。違いはニールの眼帯だけだもんな」
 リヒティの率直な感想であった。
「だって、俺達同一人物だもんな」
「いや。俺はホモじゃない」
「なんだとー! 俺は刹那以外の男なんてごめんだぞ!」
「――そのぐらいにしておけ。ニール」
 刹那が低い声でぼそっと言った。
「はーい」
「ははっ。すっかり尻に敷かれているな。兄さん」
「ちぇっ」
 ニールはライルの言葉に舌打ちしたが、悪い気分ではなかった。
「アレルヤに会いたいんだが」
「アレルヤなら医務室にいるよ」
「ありがとうリヒティ。行こう、ニール」
「そうだな。じゃあまたな、リヒティ」
 リヒティやライルと別れて、ニールと刹那は医務室に向かった。入る時に一応ノックする。
「どうぞ」
 ティエリアの声が聞こえた。ニールがドアを開けた。
「邪魔するぜ」
 ティエリアのそばにはフェルトがいた。
「ニール、刹那……」
 ピンク色の髪の少女はおずおずと、とでもいう風に二人に呼びかけた。前と違うところは、唇の端に嬉しそうな微笑みが現れていたことである。
「その顔、いいぜ。フェルト」
「え?」
「ニールが言いたいのは、おまえがいい顔をするようになったということだ」
 ニールと刹那の言葉に、フェルトがはにかんだ。
「お二人が無事で……本当に良かったです」
「相変わらず優しいな。フェルトは」
「そんな……」
 フェルトがまた照れた。
「フェルト、ティエリア。アレルヤは?」
「まだ寝てる。そろそろ起きてもいい頃だが」――ティエリアが答えた。
「どれどれ?」
 アレルヤは眠れる森の美女よろしく眠っている。胸が規則正しく動いている。
「アレルヤ、ニールと刹那が来たぞ」
 ティエリアが呼びかける。すると――。
 ぴくっとアレルヤの指先が動いた。
 彼の瞼がゆっくりと開く。
「お、おい……」
 アレルヤが瞬きをする。ティエリアが言った。
「おはよう、アレルヤ」
 アレルヤが嬉しそうににこっ、と微笑んだ。
 俺達、なにげに感動の瞬間に立ち会っているんじゃね? ――ニールはそう思った。そして、おそらくは刹那も。そう。ニールにとっては遠い昔、牧場で子牛の出産に立ち会った時、子牛が自分の足で立ち上がるのを見守った初めての機会以来の――。
 アレルヤの唇がおはようの言葉を形づくった。
「アレルヤ……!」
 ティエリアは泣き出した。眼鏡をかけた目元から涙が次から次へと溢れている。彼は口元を押さえた。
 まるでお産に立ち会った瞬間だ。
 だが、それがまるっきり根拠のない連想ではないことにニールは気付く。
 アレルヤは生まれ変わったのだ。きっと、ティエリアの想いが通じたのだろう。後、24世紀の科学の力も。
 カプセルの蓋が開く。ティエリアはアレルヤの体をかき抱く。
 ――ニールは思わずもらい泣きをしてしまった。長い間離れ離れになっていた二人に、ニールは自分と刹那が再会した時の姿を重ね合わせた。

2013.10.14

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