ニールの明日

第八十話

 ニール達はしばらくアレルヤとティエリアの抱擁を眺めていたが――。
「行こう、ニール、フェルト」
 刹那がニールとフェルトを促した。
 それにしても、良かったなぁ。アレルヤ、ティエリア。そう思いながらニールはフェルトと並んで刹那の後をついて行った。フェルトが喋った。
「……アレルヤとティエリアが……無事で良かったです」
「だな。俺達もあてられたもんな」
 ニールは一足飛びに刹那に追いついて肩を抱いた。刹那は逆らわなかった。ニールは後ろを向いた。
「フェルト。おまえには恋人いないのか? アンタ可愛いんだからもっとさ――」
 フェルトは俯いたまま無言だった。刹那は小声で「バカ」とニールに言った。
(――何で? 俺、なんかまずいこと言った?)
 まぁ、フェルトの恋人のことはプライバシーかもしれないが、それにしてもバカ、はないだろう。しかもフェルト本人じゃなくて刹那から。
 ……ニールは理不尽なものを感じた。
「あ、あの……私、ニールが好きだったんです」
 ニールは目が点になった。頭真っ白。鳩がバックに飛んでいるような気がした。
「……は?」
「あ、でも……今は違います。ニールと刹那って、その……お似合いだと思うし」
「遠慮なんかいらんぞ。この男には」
 そう言って刹那がニールを小突く。
「いえ。本当に……」
 いい子だな。ニールが思った。それに健気でもある。
(俺だったらそんなにあっさり諦めなかった)
 刹那を追っかけて、ずっと追っかけて――自分のものにしただろう。
 自分が刹那の最初の男だったとは思わない。でも、最後の男にはなりたい。
 俺って、独占欲が強いかねぇ、なぁ、刹那。
 フェルトには……またいい男が現れるだろう。フェルトは優しいし、いい女だから。優し過ぎるきらいはあるかもしれないが。
「あー。ディランディさんとセイエイさんとグレイスさんですぅ」
 グレイスというのはフェルトの苗字だ。このちょっと甘えた可愛らしい声の持ち主は――
「よぉ、ミレイナ」
 イアン・ヴァスティの愛娘、ミレイナ・ヴァスティだった。
 つくづく、イアンのおやっさんに似なくて良かったな。ニールは密かにそう思う。
 しかし、イアンに性格は似ているらしく、明るくてみんなのハートをがっちり掴んで、今ではトレミーの人気者になったと思う。ニールにとってもミレイナは会った時から可愛く思えたからそれがわかるのだ。
 基地に帰るとまたファンが増えるだろうな。苦笑しながらニールは、イアンは気が気でないだろうと考える。
 ――だが、ニールはそれをおくびに出さずに、
「ディランディってのは二人いるんだけど?」
 と、答えた。
「もう。わかっているくせに。ミレイナが今呼んだのはニールさんの方ですぅ」
「眼帯もばっちり似合っているニール・ディランディの方だってよ」
 ニールは親指で自分の方を指差す。
「どうしたらそんなに自分に都合が良い耳になるんだ?」
 刹那が呆れ顔で言う。
「プラス思考で生きていたら、耳までプラス思考になるんだぜ」
「つまり、自惚れが強くなるってわけか」
「せつなー」
 ニールは刹那を捕まえて額を拳でぐりぐりした。勿論、手加減してだが。フェルトがくすくす笑った。
 フェルトにあんな顔をさせられるんだから、俺達の夫婦漫才もなかなかのもんだと一人満足していると――。
「ニールさんはいい男ですぅ。でも、もっといい男もいますぅ」
 と、ミレイナ。
「聞き捨てならないな。俺よりもいい男って誰だ?」
「秘密ですぅ」
「パパとか言うんじゃないだろうな」
「……な、何でわかったんですか?」
「やっぱりミレイナは子供だな」
「おまえも精神は子供だと思うがな。取り敢えず放してくれ」
「――と悪い」
 ニールは刹那を放した。刹那はさっきの意趣返しか、
「ミレイナはこんな男よりもっといい相手を見つけるんだぞ」
 と言った。
「ミレイナ、アーデさんのことがいいなと思いますぅ」
 ミレイナの言葉にニールと刹那は顔を見合わせた。
「ティエリアは……なぁ」
「ティエリア・アーデはアレルヤ・ハプティズムと恋人同士だぞ」
 刹那、おまえも十分バカだぞ、とニールは心の中で囁いた。尤も、バカ同士つり合いは取れるのかもしれない。そんなことを考えて思わずやに下がる。ニール・ディランディは本当に刹那バカだ。
「わかってますぅ。だから、遠くで見てるだけで満足なんですぅ」
「それだけで満足だというのが子供だな」
 ニールが茶化した。
「何とでも言ってくださいですぅ。あの二人は目の保養になりますぅ」
 それは、ニールも認めるところだ。優男だけど整った顔のアレルヤと女顔で、美形というより美人と形容した方が似合いそうな二人はさながら似合いの一対だった。
 しかし、あの二人がいいなんて、ミレイナは昔でいうところの腐女子、というヤツだろうか。
(イアンのおやっさんが娘が腐女子だと聞いたら泣くだろうな)
 しかし、年と共に酸いも甘いも噛み分けたいい女になるかもしれない。ミレイナ・ヴァスティは。その時には、自分に似合いの男を見つけているだろう。
 まぁ、ミレイナの男同士の恋愛への憧れが一過性のものだといいが……な。イアンと、それからミレイナの未来の恋人の為にニールはそう祈ることにした。ニールは人のことを言えないが。
「ミレイナ」
 フェルトの静かな声が少女を呼んだ。ニールは思わずフェルトを見た。
「はいですぅ」
 ミレイナの弾んだ声に、フェルトは微笑みを浮かべた。
 いい女になったな。フェルト。刹那がいなければ考えないでもなかったな。
 まぁ、幸せになってくれ。みんな幸せになればいい。
「あなたは何しにここへ来たのですか?」
 フェルトの声音も柔らかい。
「ああ、そうでした。トリニティさんが呼んでますぅ」
「トリニティは三人いるんだけど」
 ニールがツッコむ。ミレイナは照れ笑いをした。
「あ、そうでした」
「トリニティがどうしたって?」
 と、刹那がミレイナに訊く。
「トリニティさん……というか、ヨハンさんが呼んでますぅ」
「ヨハンが?」
「はい。刹那さんを見かけたら談話室に来るように呼んでくれと言われたですぅ」
「ミレイナを使い走りに使うとは、ヨハンもいい度胸してるな」
 刹那の台詞に、全くだ、とニールも頷いた。
「ううん。ミレイナも協力するって言ったんですぅ」
「おまえ、ヨハンみたいな男が好みなのか?」
 刹那の問いに、
「うーん。アーデさんには敵わないけど、ちょっといい男なのですぅ。ミレイナには大人の男に見えますぅ」
 と、ミレイナは上機嫌に答えた。ヨハンが聞いたら何て言うだろうと想像すると少し笑えた。
「取り敢えず、案内してくれ。ミレイナ」
「はいですぅ」
 では、私はこれで、とフェルトは離れて行った。
「グレイスさん来ないんですか?」とのミレイナの質問に「私……邪魔したくないから……もう充分邪魔したけど」とぼそっと答えた。
 邪魔だなんてとんでもない。ああ。やはりフェルトはいい娘だな、と改めて思わずにはいられなかった。

2013.10.24

→次へ

目次/HOME