ニールの明日

~間奏曲4~または第七十一話

ライル・ディランディは幸せだった。
朝起きたら、愛しい女が隣にいる。彼女はアニュー・リターナーと言う名だ。
「……アニュー、アニュー」
ライルはアニューを揺さぶり起こした。
「ん……ライル……」
ライルを呼ぶその声さえ甘めだ。
ゆうべは素晴らしかった。アニューは何度もその甘い声でライルを呼んだ。
ライルが言った。
「行こうぜ、アニュー。もう日が昇る」
「え……ええ。でも何しに?」
「夜明けのコーヒーでも一緒にどうかと思ってな」
「……ここではだめなの?」
アニューは寝ぼけ眼を擦った。
「ここでは楽しみが半減しちまう。……うん、やっぱり外でだな」
「待ってくださる?着替えてくるから」
「ああ。いつまででも待ってるよ」
ライルは自分の声に蕩けそうな響きが混じっているのを感じた。
「でも、そしたら日が昇ってしまうわ」
「じゃあ、ピクニックと言うことでもいいさ。とりあえずアニューと一緒に出かけたいのさ。俺はな」
ライルは双子の兄ニールと同じアウトドア派だったが、その頃の彼はそのことを知らないでいた。
ライルは小さなリュックサックを持っていた。
「コーヒーだけでは味気なくはありませんか?」
アニューは優しくきいた。ライルは頷いた。
「そうだな」
「昨日焼いたクッキーが残ってますけど。皆さんにはまた焼いて差し上げようと思います」
「じゃあ、お言葉に甘えるとしようかな」
美人で料理上手でおまけに床上手でもある。イアンのおやっさんが言った通り、すこぶるつきのいい女だ。
(この女は俺が守る)
生まれて初めてライルにそう思わせた女、アニュー・リターナー。
イアンあたりにバレたら冷やかされるだろうか。だが、それでも構わない。
「アニュー」
「何?」
「愛してるよ」
「私もよ。ライル……ライル・ディランディ」
ライルとアニューは互いに微笑み合った。彼らは幸せを共有し合っていた。
アニューに出会えて良かった。思わず緩んでしまいそうな口元を引き締めながらライルは思った。
アニューが手早くラッピングしたクッキーをリュックにしまい、ライルはアニューと手に手を取って外に出た。
「やはり地上はいいなあ」
ライルは伸びをしながら深呼吸をして大気を満喫した。
友人で、今は仲間となったティエリアは昔は地上の重力が嫌いだと言っていたらしいが、今はアレルヤと一緒ならどこでもいいらしい。
(兄さんと刹那といい……バカップルが多いな、ここは)
自分達もバカップルであることを自覚していない、いや、わかっていても意に介さないライルであった。振り向くと薄菫色の長い髪の女がにこっと笑う。
アニューの笑顔に惚れ直したライルは、彼女は絶対誰にも渡さない、と決意を新たにした。
もう夏だ。今日も暑くなるだろうか。トレミーの空調の効いた部屋が懐かしくなることもある。だが、隣にアニューがいればどんな環境でも快適になる。ライルはそう信じていたし、事実その通りだった。
「着いたぜ。アニュー」そこは片隅にあずまやのあるだけの小さな公園だった。
「まあ、素敵」
アニューが惚れ惚れとしたような声を出す。
「俺が見つけた穴場だ。あそこに座ろうぜ」
ライルは秋波を送りながら親指であずまやを指す。
「はい」
アニューはライルについて来た。いい嫁さんになりそうだな、とライルは思った。
紙の皿にクッキーを取り分けるアニューと、魔法瓶からコーヒーを煎れるライル。
「今はまだ涼しいからホットコーヒーだよ」
「いただきます」
アニューがコーヒーを一口、音も出さずに啜った。
「まあ!美味しい!美味しいわ、ライル!」
アニューが無邪気な歓声を上げた。
「おかげさんでコーヒーを煎れるのは得意さ。こっちのクッキーも旨いぜ」
「ありがとう」
「俺、こんな旨いクッキー焼いてくれる女と……」
「私、こんな美味しいコーヒーを煎れてくださる方と……」
互いに視線がぶつかる。ライルとアニューは、はっと顔を逸らした。
「何を言うつもりだったんだ?アニュー」
「ライルこそ……」
「じゃあ、せーので言おうぜ。せーのっ」

「一生一緒にいたいです」

二人の声が重なった。二人は笑いに笑い、涙が出るほど笑った。
「いやあ、まさか、アニューが同じこと考えていたとはなぁ……」
「私もあなたと同じ考えで嬉しいです」
それは、戦争に携わる二人が見たひとときの夢の話。

2013.7.17


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