ニールの明日

第八話

ニールはソレスタルビーイングの王家の当主、王留美のところへ向かった。
「こんにちは。お久しぶりです、お嬢様」
「ロックオン……?」
留美の美しい顔に心持ち驚きが浮かんだ。だが、体全体で歓迎を表すことはしない。彼女の育ちの良さのさせるわざなのだろう。
「生きて……らしたんですか」
「言うこた皆同じだな。よっぽど俺を殺したいらしい」
ニールはポーズを取った。
「ロックオン・ストラトス、ただいま生還!敵は皆狙い撃つぜ!」
「はあ……」
留美は呆れているらしかった。
「で?どのようなご用件ですの?」
「刹那の行方を教えて欲しい」
「あの方ならわたくし達にも何も言わず旅に出ましてよ」
「手がかりなしか?王家の財力で探し出して欲しい」
「わたくしはそっとしておいた方がいいと考えていたのですけど……そうですわね、ロックオンが生きているとなれば状況は変わるかもしれませんわね。取り敢えず中に入りませんこと?お茶でも振る舞って差し上げましてよ」
ニールは留美に続いて屋敷に入った。
(いつ見ても豪勢だな)
ニールは口笛でも吹きそうになりながらそう思った。ここも何だか懐かしい。
「紅龍」
留美は傍にいつも控えている男の名を読んだ。
「紅茶をお願いね。いつものを」
「かしこまりました。お嬢様」
この紅龍と留美の関係は一体どんなものなのだろうと思う。当主と執事。それにしては二人の距離は近いような気がした。恋人?それにしては甘い空気がない。ニールは人間同士の空気を読むのに長けていた。
だが、とにもかくにもまず刹那のことだ。
「刹那が見つかったらお知らせしますわ」
「頼む。こっちもいろいろ動いてみるから」
「あなたも旅に出る気?」
「そうしてもいいなと思っている」
「わたくし達に全面的に任せてはくださいませんこと?」
「じっとしているのは性に合わなくてさ」
「あなたらしいですわね」
留美はあくまで上品にくすりと笑った。
程なくして紅龍が紅茶を持ってきた。
「簡単なもので悪いのですけれど」
「飲めりゃいい」
留美の言葉にニールは答えた。
「相変わらずですわね、ロックオン」
王家の美少女は、はんなりと微笑んだ。
ニールは一口紅茶を飲んだ。
「旨い」
「お気に召したようで良かったですわ」
紅龍は黙って立っている。
留美は、部下に刹那の行方を探させる、と約束した。
「紅龍。各国に連絡を」
「かしこまりました」
紅龍は下がった。
「ロックオン、連絡先を教えてもらえませんこと?」
「そうだな……」
ニールは端末の番号を教えた。ティエリアから無理矢理押し付けられたのだ。

「貴方に勝手にいなくなられたら困りますからね。それに……また怪我をされたりあまつさえ死なれたりしたら、僕は……」
そう言って黙ったティエリアの長い睫毛がけぶっていた。彼は今でもニールの右目の怪我について責任を感じているのだ。普段つんけんしているけれど、本当はナイーブで心優しい青年なのだ。

「それからこれ。航海中に手に入れた各方面の情報」
データスティックを留美に渡した。
「密航ですの?」
留美は冗談ぽく言った。
「よくわかったな」
ニールは笑いながら答えた。
「目的の為なら手段は問いませんわね。けれどそれはわたくしも同じ」
同志を見るような目をして留美は話した。
「ありがとう、ロックオン。有効に使わせてもらいますわ」
「ああ」
「ソレスタルビーイングには戻ってきませんこと?」
「戻るさ。その時が来ればな」
「刹那と一緒に?」
「だとしたら嬉しいね」
「わたくしもあなた方の無事を祈ってますわ。ソレスタルビーイングの為に」
「そいつは嬉しいね」
「それから……視力はどうなっていますの?」
留美は右目の怪我のことを聞いた。
「ああ……大丈夫だ。ランスもそう言ってた」
「ランス……?」
「ああ。スペースコロニー開発に携わっている医者だ。俺も随分お世話になった。あそこは楽しかったなあ」
ニールは思い出に浸った。
「刹那のことがなければ、俺は一生あそこで暮らしてたよ」
「……あなたは刹那のことばかりですのね。刹那を愛してらっしゃるの?」
「ああ。俺の半身だ」
男同士だとか、そんなことは関係ない。刹那に会いたくて、会いたくて。どんなに離れていても惹かれてやまぬ。きっと刹那もそうであろうとニールは確信している。
「羨ましいですわ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で留美が呟いた……ような気がした。
それでは留美も寂しいのか。世界を牛耳る王家の頂点に立ちながら。
だが、気のせいだったのかも知れない。
「今日はここに滞在しませんこと?」
「いや……急いでるんでね」
「せっかちですわね」
「刹那を見つけるまではね」
ニールは空になったカップをソーサーに置いた。
「お茶ご馳走様。有力な情報待ってるぜ」
「わたくしもあなたが刹那を連れて来るのを待っていますわ」
「ありがとう」
「こちらこそ、貴重な情報、助かりましたわ」
「じゃあな」
ニールは玄関へと向かおうとした。
「ああ、そうそう。これは報酬ですわ」
そう言って留美は棚の引き出しから白紙の小切手を取り出した。それを見たニールはぎょっとして慌てた。
「こんなもの……いらねぇよ」
「あなたが生きていたことへの報酬ですわ。もし気が引けるなら、刹那と共に受け取ってくださいまし」
「刹那と……?」
「ええ。二人への報酬ですわ」
ニールの心にみるみる喜びが湧いた。
「愛しているぜ!王留美!刹那の次ぐらいにな!」

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