ニールの明日

~間奏曲10~または第九十四話

 四月七日――。
「せーつなっ♪ 今日はおまえの誕生日だったな」
「ああ。それがどうした」
「今日はおまえの言うことを何でもきくよ」
「そうか……じゃあ……」
 刹那はするっとニールの手を取った。刹那の手は滑らかだ。
「今日はずっと一日、一緒にいてくれるか?」
 刹那はワインレッドの瞳に真剣な光を湛えて言った。
「それは願ってもないことだぜ!」
 ニールが請け負った。
 ニールは知らない。ニールが死んだと思った時に、刹那がどんなに悲しみに暮れたか。いや、ニールも刹那が悲しんだことはわかるが、それは想像の内でしかない。
 刹那は、不安なのだろう。ニールがまたどこかへ行ってしまうのではないかと。
 ニールが自分より先に黄泉に堕ちるのではないかと。
(大丈夫だよ。刹那。俺はおまえと共に生きていく)
 ニールは繋がっていた手を一旦離して、刹那を強く抱き締めた。
「何だ……これからやるのか?」
「今はしない。折角だからデートしようぜ」
 ニールがウィンクをした。刹那の頬が微かに染まった。
「じゃ、行こうぜ」
 ニールが抱擁を解くと刹那の肩を抱いて扉に向かった。

 経済特区・日本。
 ――彼らの行く先は決まっていた。
 イオリ・ガンプラショップ。
 元・イオリ模型店で、21世紀に現れたガンプラ界のヒーローの一人、イオリ・セイが大きくした店を代々彼の血を引く人間が受け継いできた。
 24世紀では、ガンプラバトルがよく知られた娯楽のひとつとなっていた。ガンプラファンの間では、この店が聖地とされている。巡礼するのを目的にやってくるマニアも多い。
「おー、盛況だねぇ」
 店内では子供達がガンプラの話に興じている。
「楽しそうだな」
「俺達も楽しもうぜ」
「そうだな」
 刹那が頷いた。好きなのを買ってやるとニールは言った。
「刹那はエクシアだろ?」
「当然だ」
 刹那は既にエクシアの模型の入ったパッケージを手にしている。これから組み立てるのだ。この店にはガンプラを組み立てる場所も設けられている。
「じゃあ、俺はこれだな」
「デュナメスか……」
 刹那は複雑な顔をした。
「なぁーに苦い顔してんだよ。刹那。今はもう本家のデュナメスはないから、せめてガンプラバトルの時だけでも相棒として一緒に戦いたいんだ」
「なるほどな」
「組み立てたらバトろうぜ」
「ああ」
「負けないからな」
「ふん。俺とエクシアに敵う奴などいない。――例え相手がニールでもな」
「ふっ、狙い撃つぜぇ」
 ニールが自分の口癖を言うと、刹那が微笑んだ。
 二人のガンプラが出来上がる。手馴れている為、僅か十分とかからなかった。
「わっ、すげぇ。兄ちゃんのガンプラ」
 小学生くらいの少年が声をかけてきた。
「そうだろう、わかるか?」
 ニールが得意になって胸を張った。
「いや、おじちゃんのもすごいけど……」
「おじちゃん……」
「兄ちゃんのエクシア、格好いいな!」
 少年は刹那のエクシアに見惚れている。
「俺、今から作るところなんだけど、こんなに上手くできるかなぁ」
「じゃあ手伝ってやろうか?」
「ほんと? 俺もエクシア使いなんだ!」
 見知らぬ少年と刹那が和気藹々と話している。ガンプラを通して友情が生まれることもあるということか。
 しかし……。
「おじちゃん……か」
 少しショックを受けていたニールであった。
「でーきたっ。ねぇ、兄ちゃん。バトルしようよ」
「エクシアバトルか。面白そうだな」
 ここでもガンプラバトルができる。バトル会場に着いた時のことだった。
 えーん、えーんと泣いている子供がいる。
「何があった?」
「あ、えっとね……」
 子供が溢れる涙を拭いながら説明した。
「ぼくのガンプラ、バラバラに壊れちゃったの」
「え? でも、勝負なんだからそのぐらいは……また挑戦すればいいじゃないか」
「そうじゃなくてさ……」
 泣いている子供よりニ、三歳くらい年上の男の子が言った。
「あいつ、もう勝負はついているのに、弟のガンプラバラバラに壊したんだ」
「何っ?!」
 刹那が気色ばんだ。
「ガンプラなんて……もうやんない」
「しっかりしろ。敵は討ってやる。だから、ガンプラバトルやらないなんて悲しいこと言うな」
 刹那が子供の頭を撫でてやる。
「ひゃーはっはっ」
 男の耳障りな笑い声がニール達の耳に届く。
「俺様が最強だぜぇ!」
「……何て大人げないヤツなんだ……」
 ニールも呆れてしまった。
「あいつか」
 刹那は自分のエクシアをぎゅっと握り締める。
「おい、おまえ――勝負を挑みたい」
「んだぁ? 返り討ちにしてやるよ!」
 バトルが始まった。今回の舞台は砂漠だ。
(あーあ、無駄なことを)
 ニールはちょっと刹那の対戦相手が気の毒になった。
 なんせ刹那は本物のエクシア使いだ。チンケなガンプラヤクザが敵う相手ではない。
 刹那は相手の機体をGNソードで一刀両断した。一瞬でカタがついた。
「ああ……俺のザクがぁ~~」
「もっと精神も機体も鍛えて、それから出直して来い」
「ま、これに懲りたら子供相手にあこぎな勝負はしねぇこったな」
 刹那とニールが泣いている男に向かって言った。
「わぁ! すげぇ! 兄ちゃん!」
「ぼくとも勝負して!」
「俺とのエクシアバトルが先だよぅ」
 刹那は一気に人気者になった。ふふふ……とニールは笑った。
(ま、刹那を独り占めできないのは残念だけど……これはこれでいいかな)
 子供達が帰った後、刹那は言った。
「ニール、ガンプラバトルしないか?」
「俺のことなんか忘れていたと思っていたぜ――望むところだ!」
 勝負は刹那の操縦するエクシアが勝った。
「負けたぜ。さすが、刹那はガンダムなだけのことはあるな」
「――エクシア……少し欠けてしまった」
「何なら、また新しいの買ってやるぜ」
「いや、これがいい。大事にする」
 ガンプラを手にしたまま、刹那が嬉しそうに笑った――ような気がした。
「これからどこへ行く?」
「どこでも」
「じゃ、ホテル行こうぜ」
「ニール!」
 刹那が叫んだ。ニールが耳打ちした。
「いいだろう? おまえにプレゼントたーくさんしてやる」
 刹那はそっぽを向きながら小声で呟いた。
「そんなプレゼントならいつも貰っている」
「いいだろ? な?」
「…………」
 しばしの沈黙の後、刹那は言った。
「わかった。おまえと生きている証だからな」
「そう来なくっちゃあ」
 ニールが指を鳴らした。
「……俺の言うこと聞いてくれると言ったくせに、いつの間にかおまえのペースになってしまってるな」
 刹那がこぼした。
「嫌か?」
「いいや。そんなおまえだから――好きになった」
 空が薄藍色に染まり一番星の光る中、ニールは生きることの充実感を味わいながら立ち止まった刹那にそっと寄り添った。

2014.4.7

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