ニールの明日

第九十五話

「あー、方向音痴のグレンだー」
「今回は迷わなかったんだね?」
「おまえらなぁ……ニールやセツナに対する態度と俺に対する態度が違い過ぎだろ……」
 グレンははぁっと溜息を吐いた。
「だって、グレンはグレンだものな?」
「な」
「どういう意味だ……」
「あはは。グレン様、深く考えないでお食事いただきましょう」
 美味しそうな匂いがする。ニールはひくひくと鼻をひくつかせた。
「いただきます」
 皆はそう言うと、木の食器に入ったレンズ豆を口に入れ始めた。
「オリバーやプラウダは元気か?」
 ニールが訊いた。
「ああ。ぴんぴんしてる」
「良かった」
「ねぇ、ダブルオーライザーの話もしてよ」
 ダブルオーライザーは、カタロン支部の武器庫に置かせてもらっている。
「ああ。いいとも。俺達もオーライザーについて全てを知っているわけではないが……」
 言いながらも刹那は嬉しそうにオーライザーの説明をする。ミスターブシドーとマスラオのことも。
 子供達は目を輝かせながら、刹那の話に聞き入る。
「いいなぁ。セツナ達は、ガンダムに乗れて」
「俺達もガンダムに乗れるかなぁ」
「ガンダムには、選ばれた者しか乗れないんだよ」
 クラウスが言う。
「知ってるよぉ」
「だから、ニールもセツナもすごいんだよね。尊敬しちゃう」
「ありがとう」
 そう言いながら、刹那がこっちを向いた。ニールも微笑した。
「マックス、これからも宜しく」
「ああ」
 しっかりした年嵩の男の子とマックスは握手を交わした。
「王留美はいつここに来るかわかるか?」
「さぁ……彼女も忙しい身の上だからな」
 グレンの言葉にニールが答える。
「いつまでも待ってると伝えておいてくれ」
「おまえが直接伝えるといい」
「モニター越しではもう話した」
「だったら……」
「ニール達からも伝えておいてくれ」
 恋する男は必死だ。だが、気持ちはわからなくもない。ニールも刹那に恋しているのだから。
 ニールが言った。
「忘れていなかったらな」
「頼んだぞ」
「ああ」
「グレン、王留美との結婚式には、俺らも呼んでくれよな」
「わかってる」
 グレンは隣の太った金髪の男の子の髪を撫でてやった。
「ニール、刹那。せっかく来たんだ。アザディスタンの王宮にも寄って行かないか?」
「俺もそのつもりで来た」
「――何だと?」
 ニールは気色ばんだ。
「俺は聞いてないぞ。そんな話」
「言ってなかったからな。――すまん」
 ニールが気分を害したのを察して刹那が謝った。
「いや、いいんだ。謝らなくても――」
 そう。これはニールの問題。
 ニールは、刹那とマリナ姫のツーショットを見るのが嫌なのだ。
(刹那は俺が好きなんだ、俺が好きなんだ――)
 そう思っても、マリナを恋敵と考えてしまう心の動きを止めてしまうことはできやしない。
 それに――マリナは女だ。刹那の子供を産むことだってできる。
「…………」
「ニール、いらないんならちょうだい」
「あ、ああ、いいけど」
「チャック、それ以上太る気か」
「だってー、お腹減るんだもん」
 グレンの台詞にチャックと呼ばれた男の子が困った声で答えた。
 けれど――ニールは食事どころではなかった。
「なぁ、セツナ、ニールとは同じ部屋でいいだろ?」
「ああ」
 チャンスだ! ニールは思った。刹那を抱いて、マリナ姫のことなんか忘れさせてやろう。
「マックスも同じ部屋で」
 ああ、そういう展開か……。
 ニールは人知れず肩を落とした。マックスのいる部屋で刹那とセックスはできない。
 食事が終わり、夜も更けて子供達もそれぞれ寝に行った。グレンとダシルは話があるとかでクラウスの部屋に消えて行った。
 マックスは疲れていたらしく、横になると深い眠りに落ちて行った。だが、この状態では刹那を抱くことはできない。マックスがいつ起きるかわからないのだ。
「ニール……」
 青い闇の中で、刹那の瞳が潤んだように見えた。そんな刹那に手を出すことができないなんて――。
(クラウスの奴――)
 ニールは密かにクラウスに恨みを抱いた。これでは蛇の生殺しではないか。
「クラウスを、恨まないでやってくれ。俺もおまえの気持ちはわかる」
「刹那……優しいな、おまえ」
「でも、キスだけならいいだろう」
「そうだな……」
 ニールは刹那の唇に唇を当てる。柔らかい。純粋な唇の味がする。
 刹那とのキス。刹那を抱くことをできないのは残念だが、たまにはこういうのもいいかもしれない。
 現金なニールはもうクラウスへの恨みを捨てた。

 翌朝――。
 子供達の作った朝食をしたためたニール達は、クラウスやグレン達と一緒にアザディスタン王宮へと向かった。
「刹那、ニール。よく来てくれました。グレンから話は聞いています」
「マリナ姫」
 ダシルが正式な礼をした。
「また会えて嬉しいです」
「ええ、ええ。グレンもダシルもクラウスも、お会いしたかったですわ」
「どうぞ、こちらへ」
 見事なプロポーションのシーリンがニール一行を案内した。
「皆さん、今日はお友達を連れてきましたよ」
 シーリンが言う。子供達がわっと集まってきた。まだ小さな子供達だ。クラウス達の戦いに参加するには幼過ぎる子供達が――。
 マリナ姫がやってきた。マリナは刹那の側に来ると、何事か彼と話している。
 お似合いだな、畜生――。ニールは心に小さな棘が刺さるのを感じた。これ以上見ていたくないのに、何故か目を離すことができなかった。

2014.4.17

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