ニールの明日

第九十三話

 話は済んだか? ――クラウスのその一言に、ニール達は我に返った。
「あ、ああ……一応のところは」
 グレンが言う。
「そうか……アリーの写真とか、ないか?」
「ありますよ」
 ダシルがポケットからアリーの写真を取り出す。クラウスの目が見開かれた。
「ゲイリー……ビアッジ!」
「それはきっと彼の偽名ですね」
 ダシルが冷静に答えた。
「こいつとは何度かバーで飲んだことがある。どことなく胡散臭さが付き纏っていたから、距離を置いて付き合ってたが……」
「それはいつのことです?」
「俺がカタロンに身を投じる前だよ。マックスにも見てもらおう」
 クラウスはマックスのいる部屋のドアを開けた。マックスはロードと話をしていた。
「おい、マックス」
「何でしょう」
「この男を知らないか?」
「ああ」
 写真を見て、マックスは微笑んだ。
「ビアッジだ。ゲイリー・ビアッジ。懐かしいな」
「よし、裏は取れた……ということかな」
「彼がどうしたんです?」
「こいつはアリー・アル・サーシェス。クルジスとアザディスタンの争いを裏でたきつけていた男だ」
「そんなことを――しかし、そう言われればそんなことをしそうに思うな」
 マックスはふーむと唸って写真を眺めていた。写真のアリーは赤い長い髪と髭。どことなく物騒に目が光っている。
「マックス。おまえから見て、ゲイリー・ビアッジというのはどういう男だった?」
 刹那が訊いた。
「かっちりとしてたよ。見た目はな。一筋縄じゃいかなさそうなところがあったけど」
「やはり外面は良かったんだな」
 ニールが口を挟むのに、
「かもな」
 と溜息交じりに言いながら、マックスが写真を机に置いた。
「マックスにアリーのことを話していいか?」
「えっと……それは……」
「話したくなければ、無理に話さないでいいですよ」
 マックスが言った。
「そうだな。いずれ明らかになる」
 と、グレン。
 刹那とニールは黙って頷いた。
 アリー・アル・サーシェス。刹那は今、この男のことをどう思っているのだろうか。
 仮にも初めての男だ。――愛して、いたのだろうか。
 ニールは刹那の横顔に視線を送る。ポーカーフェイスの刹那はいつもと同じように見える。
(まぁ、あいつに引導を渡すのは俺でもいいか――)
 それよりも刹那が気になった。
 いつも通りの刹那。だが、その裏では何を考えているのだろう。アリーへの殺意を育てたりはしていないだろうか。
(少なくとも、俺は殺したいね。はっきり言って)
 この男のおかげで死ぬところだった。ジョーとボブに助けられていなければ、未だに意識のないまま宇宙空間を彷徨っていたに違いない。それは、死んでいるのと同じだ。
「…………」
 ニールは黙ったまま顎を撫でた。こめかみから汗が伝う。
「どうしました? ニールさん」
「いや、ちょっとね」
 ニールはダシルに笑いかけようとしたが、その笑みが引き攣った。
(俺が刹那だったとしても、あいつを殺したいと思うだろうな)
 ニールは刹那に近づいて、肩を抱いた。
(刹那、俺がいる。俺がいるから――)
 だから、思いつめるな。おまえの表情からは何も読み取れないが。
 長い付き合いだというのに、こんな時に力になれないのが悔しかった。
「ニール……」
 刹那が言った。そして、
(ありがとう――)
 という声がニールの脳内に聴こえた。
 え……?
「おい、刹那。さっき、何か言わなかったか?」
「え? 『ニール……』と……」
「その後だ!」
「何も……」
 刹那は首を横に振った。
 そうだよな。気のせいだよな。
 刹那にはニールに対して礼を言う理由なんてない。けれど――やけにリアルだった、声。
 ニールは刹那の肩をぽんぽんと叩いた。力づけるように。
「ニール、セツナ。飯食っていかないか? 今日は泊まるだろう?」
 クラウスが慌てて言った。
「グレンとダシルも」
「そうだな。ご馳走になろう」
 グレンが首肯した。
「マックス。今日はレンズ豆の煮物だ。旨いぞ」
「そうか。豆は大好きだ」
「まぁ、豆ばっかで飽きたりしないといいけどな」
 クラウスが笑った。緊張が解けた。
 ニール達はぞろぞろと食堂に向かう。子供達が出迎えてくれた。孤児達である。
「あー、ニールだぁ」
「セツナもいるー」
「よぉ、久しぶり」
 ニールは心安立てに手を挙げた。
「今日ねぇ、あたしが料理したんだよー」
「そうかそうか。えらいえらい」
 ニールがそばかすの女の子の頭を撫でる。
「僕もなでて」
「僕も僕も」
 既に大きくなりかけていた子供達が童心に帰ってニールに甘えかかってくる。ニールは子供達の頭を撫でながら思った。この子達は、大人の醜い争いに巻き込まれた犠牲者だ。けれど、何とか立ち直ろうとしている。
(子供は、強いな――)
 そんな子達にニールは、せいぜい頭を撫でることしかできない。後は――ガンダム、いや、オーライザーで平和の為に戦うか。
 神の目――もし、そんなものがあればだが――からは、俺も加害者に過ぎないのかもしれない。ガンダムの戦いに巻き込まれて死んだ者は大勢いたはずだ。
『俺が、ガンダムだ』
 ニールは刹那の言葉を思い出した。あの、刹那を殺そうとした、南の島で。刹那は微動だにせず言ったのだ。
 その時は笑ったけれど――本当は、その信念が羨ましかった。
 刹那はガンダムに命を懸けている。
 刹那――俺も一緒にいる。俺の命、おまえに預けた。もうとっくに死んでいてもおかしくはないところから甦ったのだから。ニールは戦友で恋人の刹那に心の中で語りかけた。
「子供達は――アザディスタン王宮に引き取られたのではなかったのか?」
 刹那の質問に子供達は、「僕達、ここに残ってクラウスおじさんと一緒に戦いたいんだ」と答えた。
 ここもいつ戦場になるかわからない。この子達も、将来敵と――それが何であれ――戦うことになるかもしれない。その未来図にニールは寒気を覚えた。

2014.3.25

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