ニールの明日
第九十六話
「あ、そうだわ。私達、みんなで歌を作ったの」
「歌?」と、刹那がマリナに訊く。
「そう、子供達と」
「そーそー」
「あたしたちおうたつくったのー」
子供達もマリナ姫の言葉に嬉しそうに笑う。
マリナ姫は孤児達も笑顔にさせてしまうんだなぁ。もう少し年がいけば、国民の母親として慕われるだろう。
そんなマリナ・イスマイールと刹那・F・セイエイ……。
ニールは刹那がマリナに好意を抱いていることを知っている。そして、マリナ姫の気持ちも――。
(刹那が俺のものでなければ、祝福できただろうなぁ……)
そう、刹那は俺のもの。
せっかく命冥加に生き永らえてきたのだ。最後は刹那と添い遂げたい。
(――まぁ、いつ死んでもおかしくないような命だけどな)
「皆さん、お歌を歌いましょうね」
柔らかい春の日差しのようなマリナ姫が優しく子供達に声をかけた。
「はーい」
子供達も張り切って返事をした。
「おにいちゃんもおうたうたおうよ」
「うたおう、うたおう」
子供達がニールの袖を引っ張った。
「あは、仕様がないなぁ。刹那。おまえも歌うだろ?」
「いや、俺は……」
「おまえいい声だし。俺、おまえが歌ったの聴いたことあるからな。上手かったぞ」
「ニール……」
ニールと刹那はしばし見つめ合った。
「なかいいんだね、あのふたり」
一人の子が言った。しかし、それは友達という意味で、まさか恋人だとは思っていないだろう。子供達には同性愛の観念がない。
「……やっぱり一緒に歌うか」
刹那は誤魔化すように言った。
「そうね。伴奏は私が弾くわ」と、マリナ。
「俺達も歌っていいですか?」
ニール達と同じように子供に囲まれたダシルが仲間に入りたがった。
「いいよ! だいさんせい!」」
「いい子達だ。マリナ姫の教育がいいからかな」
グレンが小さな女の子の頭を撫でる。今のグレンは柔和な顔つきをしている。年若いゲリラ兵とはとても信じられないくらいの。
「さんはい」
マリナがオルガンを弾き始める。子供達が声を張り上げる。それに刹那達の声が加わった。ニールの声も。
(やはり刹那は上手いな……グレンとダシルも)
一度歌い終わった後、マリナはシーリンに向かって言った。
「シーリン。あなたも歌わない? クラウスさんも」
「私は……あまり歌は得意でないので」
そう言って逃げるように駆け去って行った。「俺も」と言ってクラウスもシーリンの後を追った。
「まぁ、シーリンたら……」
マリナはくすっと笑った。
「クラウスもシーリンもうたえばいいのにねぇ」
「そしたら、シーリンのあのこわいおかおもすこしはやさしくなる」
ニールがぷっと吹き出した。子供達は正直だ。
「これからももっとどんどんおうたつくるのー」
「そうか。がんばれよ」
ニールが応援のメッセージを贈った。
「うん!」
「でも、それだとマリナ姫が大変じゃないか?」
グレンが言う。グレンの言葉にマリナが微笑んだ。
「大丈夫よ。私、曲を作るの好きなの」
「さすがはマリナ姫!」
ダシルは感嘆の声を上げた。
「ありがとう、ダシル」
「いい歌だった。マリナ」
刹那が褒める。表面は無愛想だが、刹那は優しいのだ。それに今の歌はニールも気に入った。
(子供達の願いがよく表されている……)
それに曲もいい。改めてマリナの豊かな才能に舌を巻いた。
「歌はね……人々の心を平和に導くものだと思うの。私にはこういうことしかできないから……」
「そんなことはない。マリナ。――おまえも戦っているんだな」
刹那の言葉にマリナは首を傾げた。
「私は戦ってなんかいないわ。刹那」
「歌を通して平和への戦いをしている」
「まぁ……」
マリナの顔が綻んだ。
「それだったら、戦っているといえるかもしれないわね。ありがとう、刹那」
「また歌を作ったら俺達にも聴かせてくれ」
「わかったわ。ロックオン……じゃなかった、ニール」
「そしたら、俺達も歌うことができるから」
「ええ」
「楽しみにしてるぜ」
ニールはそう言って笑いかけた。刹那が好きなのは勿論だが、マリナのことも嫌いではないのだ。刹那がいなかったら、マリナに恋をしていたかもしれない。
「もういちどうたおうよー」
「うたお、うたお」
「じゃあ、もう一回ね」
マリナが電子オルガンに向かった。
子供達の声を聴きながら、ニールは昔のことを思い出していた。
(昔、こんな美人の先生がいた――)
マリナの方が美人かもしれないが――。しかし、当時のニールにとっては女の音楽の先生が誰より美しく見えた。
金色の巻き毛で背が高くて――。
それに何より微笑みがマリナに似ていた。
(あれは俺の初恋だったかもしれないな)
だが、先生は結婚して仕事を辞め――ニールの淡い初恋は終わった。
(あの頃はアイルランドも平和だった)
テロで失った家族。たった一人、残された自分。いや、双子の弟ライルもいたが、あまり会わないようにしていた。何故なら、ニールは狙撃手という人には言えない闇の仕事をしていたからだ。
ライルのことは巻き込みたくなかった。
(まぁ、結局は巻き込まれてしまうのだがな――)
けれど、それはライルが選んだ道だ。ライルと一緒に戦うことになって嬉しい自分もいる。
――ニールはマリナのことも好もしく思っている。どうして好みのタイプとは正反対の刹那に惹かれたのかわからない。
だが、恋は思案の外。
ニールは刹那・F・セイエイに――無愛想な顔の裏に潜む優しさと気高さ、それから……彼の全てに惹かれた。
一生に一度の激しい炎のような恋。それを刹那相手にしてしまったのだ。
刹那が好きだ。好きという言葉では言い表せないくらい好きだ。
(愛してる――刹那)
(俺も――)
刹那の声が聞こえたような気がしたニールはきょろきょろと辺りを見回した。刹那はおませな女の子に迫られて少し困惑している風だった。
(気のせいかな……でも、何だか多いな。刹那の声の空耳が)
2014.4.27
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