ニールの明日

~間奏曲9~ または第九十一話

 カシャン。
 ――何かが落ちた音がした。
「おーい。刹那。落し物……あ」
「あ……悪い」
 緑色の翡翠のストラップだった。
 緑……。俺の……イメージカラー?
 ニール・ディランディはへらっと笑った。刹那はムキになって、
「返せ!」
 と、怒鳴った。
「はいはい。返すよ。――おまえの端末は確か青だったよな」
「それがどうした」
「いや。俺と同じこと考えてんだなぁと思って」
 そう言ってニールが取り出した緑色の端末には青の貴石のストラップが。
「この間、スメラギ達と貴石の売っている店に行ったからな。おまえも買ってたんだなぁ」
 それも、俺のイメージカラーの石のストラップを。
「こ……これは、その、たまたま……」
「わぁってるって」
 ニールは必死な刹那に苦笑した。
「パワーストーンだって、店主が勧めるから……その、仕方なくだな……」
「そういや、翡翠は魔除けっていうからなぁ」
 ニールはポリポリと額を掻いた。
「でも、俺はおまえのことを考えてこのストラップ、買ったぜ。おまえさんにはそういうの、ないのか?」
「う――」
 刹那は言葉に詰まったらしい。しかし、小声で。
「俺も、おまえのことを考えた――」
 早口だから聞き取りづらかった。だが、それで十分だった。
「刹那~」
「わっ!」
「ホント、かっわいいな、刹那」
「調子に乗るな!」
 刹那を抱き締めながらニールは刹那の頭をなでなでした。刹那の麝香めいた香りが快い。
「お~い」
 ニールの双子の弟、ライルの間延びした声が聞こえた。
「おまえら、朝っぱらからお盛んだねぇ」
「な……そんな風に見えるのか?」
 刹那が戸惑った声を出した。
「そんな風にしか見えないって。あー、邪魔したな」
 ライルがくるりと踵を返す。刹那はニールの体を剥がした。刹那は言った。
「あ、そうだ。ライル。今日誕生日だよな」
「あー、そうだけど?」
「俺の誕生日でもあるんだけどな」
 刹那はニールの不服そうな声をまるっと無視して、
「翡翠のストラップ、欲しくないか?」
 と、言った。
「あー、そりゃ欲しいな。でも、そういうのは兄さんにあげた方がいいんじゃないか?」
「ニールにも……贈る」
「刹那……」
 ニールの口元が緩んだ。
「そうか。ペアだな。兄さんと」
「俺とも、お揃いだ」
 刹那は自分のストラップを見せる。
「三人でお揃いかぁ……兄さんはどう思う?」
 ライルがニヤニヤしながら訊いた。
「勿論、嬉しいさ。ありがとう。刹那」
「取り敢えず、こいつは後でつけておく。――それから、これを買った店へ行こう」
「了解」
「異議なし」
 刹那の提案に、ニールとライルが乗った。
「クリス達も誘っていくか?」
「そうだな。結構こういうの好きだもんな。あいつら」
「俺もアニューに何か買ってくぜ」
 アニュー・リターナーはライルの恋人である。
「おまえら、ラブラブだな」
「兄さん達もね」
 ライルがウィンクする。
「刹那……おまえにも青い貴石買ってやるよ」
「いいのか? 今日はおまえらの誕生日だぞ」
「祝われるばかりが誕生日じゃないぜ」
 そう言って、ニールは唇の端を上げて笑った。そして続けた。
「アレルヤとティエリアも誘おうぜ」
「ティエリアはともかく、アレルヤは忙しいと思う」
 アレルヤはディランディ兄弟への料理を作っている最中だろう。刹那の言うのも尤もだ。
「んじゃ、今から招集かけて集まってきた奴と一緒に行こう」
「おー、いいアイディアじゃないか、兄さん」
 ニールは端末をいじる。
『オハヨウ、オハヨウ』
 ハロがふよふよと現れた。
「おう、ハロ」
『オハヨウ、オハヨウ。タンジョウビオメデトウ、ニール、オメデトウ、ライル』
「ありがとう。ハロ」
「つか、ハロにまで祝われるとは思わなかったな」
「ライル。おまえもトレミーの一員なんだよ」
『ナカマ、ナカマ』
 ハロは耳をパタパタさせた。
「ニールー、ライルー。貴石を買ってくれるって本当?」
 真っ先に来たのはクリスだった。そして、その後で夫のリヒティも。
「クリス、今日はニール達の誕生日なんだよ。僕達がプレゼントする立場なんだよ」
「んー、じゃ、リヒティが買ってくれるの?」
「もう……しようがないなぁ。君達のおかげでとんだ出費だ」
 そう言いながらも、リヒティは満更でもない様子だった。
「……私も行きます」
 そう言ったのはフェルトだ。スメラギもやってくる。
「誕生日おめでとう。ニール、ライル。私達からも何かプレゼントさせてもらうわね」
「ありがとう。ミス・スメラギ」
 ニールが二本の指を額に当てて礼を言った。
「ミレイナも行くですー」
 そう言ったのは、イアンの娘、ミレイナ。
「あったしもー」
 ネーナ・トリニティも来た。昔は微妙に敵方だったが、今ではすっかりトレミーに馴染んでしまっている。
「アニューは?」
「アレルヤと調理中だ」
 ティエリアの声がしたので、ニールは振り向いた。果たして彼はいた。ライルが言った。
「ちぇー。アニューと行きたかったな」
「ライル。アニューは、君に手料理を食べてもらうのを楽しみにしているぞ」
「そっかー。そいつは嬉しいな」
 それだけで満足するのだから、恋する男とはお手軽なものである。ニールも人のことは言えないが。
 ニールは囁いた。
「おまえに似合う素敵な石を買ってやるからな。刹那。おまえの誕生日にも」
「……ありがとう。ニール。お礼をしなきゃならないな」
 ニールは人目を盗んで刹那の唇にキスをした。――お礼はこれで充分だぜ。

2014.3.3

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