ニールの明日

第九十話

 マックス・ウェインの乗っている飛空艇を庇うように、ダブルオーライザーが飛んでいる。
「大丈夫か? ニール」
「――ああ」
 刹那にも心配かけちまったんだろうな、とニールは考えた。朝、起きたばかりの頃は、あんなに気持ちが良くて、幸せだったのに――。
(俺は、幸せ過ぎるのかもしれない)
 刹那がいて、ライルがいて、仲間達がいて――最高に幸せだ。
 しかし、人は幸せ過ぎると何故、切なくなってしまうのだろう。
 そして、その幸せだって、他人の不幸の上に立っている。スメラギは友のビリーを裏切ってCBに戻ってきた。いろいろ考えることもあるに違いない。
 それに――ニールも右目をやられている。これは仲間の為にそうなったことなのでニール自身はちっとも後悔はしていないが。
「――敵だ」
「おうよ!」
 こんなに目立つ機体で飛んでいるのだ。目につかないという方がおかしい。これでも安全なルートを選んでいるのだが。
 いつもの調子を取り戻したスメラギと、ティエリアが協力して考えた道だ。
 二人はオーライザーを操って敵のMSを撃破した。

 ――後少しでカタロンの基地へつくという頃。
 もう既に一個小隊の敵を片付けた。少ないのか多いのか、ニールにはわからない。
「もう少しだぞ。刹那」
「――わかってる」
 刹那の声の調子が弾んでいる。友人に会うのは嬉しいものだ。例え、仕事絡みでも。
 そこへ――
 見たことのない機体が飛んできた。
「何だ――? あれは」
 ニールも息を飲む。
 黒と赤を基調にした、和のテイストを盛り込んだMS。二本の剣を構えている。一目でただの雑魚ではないとわかる。
(しかし、なんつー悪趣味な……)
 ニールは呆れた。モニターに映っている刹那も毒気を抜かれているらしい。
 ――通信が入った。
 新たなモニターに映ったのは、仮面をつけた金髪の男。
「――グラハムだ」
 と、刹那が言った。
「ふはははは! 我が名はミスターブシドー、この機体は『マスラオ』! 相まみえる日を楽しみにしていたぞ、ガンダム!」
「――ダブルオーライザーだ」
「相手にしちゃいけねぇよ。刹那」
「しかし、ただで通してくれるかどうか――」
「ま、無理かなぁ――」
 刹那が彼をグラハムだと言っていた。ジョシュアの元上司であろう。
(グラハム・エーカーか……)
「あのさぁ、グラハムさんよぉ」
 ニールが耳をほじりながら言った。相手はムキになって、
「――ミスターブシドーだ」
 と反論した。
「どっちでもいいけどよ……この間、アンタの元部下に会ったぜ」
「何ッ?!」
「ジョシュアっていう奴だ。伝言を預かってるけど」
「な……何と言っていた」
「『世話になった。いろいろ済まなかった』だとよ」
「そうか……ジョシュアが……」
 しばらく間があった。グラハムは涙を堪えているようだった。
「ジョシュア・エドワーズの名に免じてこの勝負、預けておく」
 そうして、『マスラオ』は去って行った。
「――刹那」
「何だ?」
「案外簡単に通してくれたな」
「――そうだな」
「できれば二度と会いたくねぇな」
「同感だ」
 ダブルオーライザーは、中東の地へ降り立とうとしている。マックスは落ち着いているようだった。ニールが説明する。
「さ、もうすぐだ。カタロンの基地へは、案内人がいるからな」
「グレンとダシルにも会えるといいが」と、刹那。
「探す時間があればいいけどな」
 ――だが、案に相違してグレンとダシルもカタロンの基地にいた。
「ひっさしぶりだなぁ! グレン! ダシル!」
 ニールが二人に向かって手を振った。
「ようこそ、ニールさん。セツナさん」
 ダシルがニールと刹那に握手をする。
「ニール、刹那、よく来たな」
 グレンは相変わらず紫のトーガを纏っていた。
「おう。よく俺達が来ることがわかったな」
「連絡があったからな。ティエリアという奴から」
「ありがてぇ!」
 ニールは心安立てにグレンを抱き締めた。刹那が叫んだ。
「ニール!」
 グレンが続けて、
「やめろ」
 と、不平をもらした。ニールが抱擁を解いた。
「あ、すまんすまん。王留美の抱擁の方が良かったか」
「王留美――」
 グレンは恋人の名前を聞いた途端、遠い目になった。
「グレン様は、王留美様のことを一日たりとも忘れたことがありません」
「ダシル!」
 グレンはダシルを叱責した。が、その後、
「悔しいけど……その通りだ」
 と、小声で付け加えた。
「あーあ、あてられるね。刹那」
「俺達だって、よそから見れば同じようなものだろう」
「えっ、刹那! それってどういう……!」
「訊くな!」
 刹那がニールの横っ腹に一発。ニールは敢えて避けなかった。
「えへへ。愛の痛みだな~」
 そんなことをのたまって、ニールはやにさがっている。
「グレン様と王留美様は、頻繁に連絡取り合っているんですよ」
 ダシルの言葉に、
「余計なことを言うな」
 と、グレンのお達し。
「へぇ~、遠距離恋愛ってやつか。やるなぁ、グレン。王留美も」
 ニールはグレンのターバンを撫でた。グレンはむっとしてニールの手を払いのけた。
「つれねぇなぁ。せっかく再会できたのに」
「王留美を連れてきたら、いくらでも歓待してやる。それより、あの男は誰だ」
 グレンがマックス・ウェインを指差した。マックスは笑顔で彼らを見つめていた。

2014.2.25

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