ニールの明日

第十九話

「セツナ、あそこにオアシスがある。街があるんだ。ラグーンと言う」
ジョシュアが教えてくれた。ジョシュアは名前の通り、今はもう数少なくなった熱心なクリスチャンだ。時々ぼろぼろのポケットサイズの聖書を取り出しては読む。親の形見らしい。
みことばを強要することはしないが、時々祈ったり、訳のわからない言葉を口にしたりする。
そんな時、刹那は呆れながら、
(この世界に神はいないのに)
と思ったりした。
しかし、ジョシュアは親切な男だし、サングラスをかけた彼の顔は、眼帯をつけたニールを思い出させた。
だが、ニールの方が美形だ、と刹那は内心思っている。
ニールは甘いマスクの美丈夫だ。死んだことになっているが、刹那には彼が死んだとはどうしても思えない。彼の死を受け入れられないだけかもしれないが……否。
(彼が死んだら、俺には、はっきりとわかる)
その勘が今は何も告げて来ない。
(ニール、見つけ出す、必ず)
刹那は今、ジョシュアと二人の男と行動を共にしている。ジョシュア以外は有色人種だ。何故か意気投合した仲間達だった。
「スティル、レイ、今日はここで宿を取るぞ」
名を呼ばれた二人は元気良く、
「おう!」
と返事をした。
ジープを止めると、ジョシュア達は歩き出した。
刹那には初めての場所なので土地勘が働かない。でも、この男達についていけば大丈夫だと信じている。
おんぼろジープが街道を行く。ジョシュア達の車よりぼろい。そのジープが止まった。ドアが開く。
「……刹那?」
その声の主は……。
「Dr.モレノ!」
「やっぱり刹那か!」
「モレノ!」
「モレノさん、セツナとも知り合いだったのかい?」
ジョシュアが話しかけた。
「知り合いなんてもんじゃない!我々は一緒に戦ってきたんだぞ!……おっと、これ以上話すと、おまえらに何をされるかわからんな。前に口が滑って殺されかけたよ」
「誰だ。モレノさんを手にかけようとした奴は」
ジョシュアの声は静かだが、厳しさが滲み出ている。
「いや、なになに。グレンという跳ねっ返りだよ」
「モレノさんを殺そうとするなんてとんでもない奴だ。モレノさんは俺の命の恩人なのに」
「本当に大したことじゃない。乗れ、刹那。話がある」
「……わかった」
「何かあったんですか?モレノさん」
ジョシュアが改めてきく。
「この先の砂漠でゲリラ兵同士のドンパチがあったらしい。ダシルが通信で来て欲しいと頼んできた」
「俺達も行っていいですか?」
「ああ。だがこの車は定員オーバーだぞ。いろいろ器具も乗せてあるからな」
「車なら俺達にもあります。モレノさんより立派なやつが」
「そいつは頼もしい」
モレノはジョシュアに笑って答えた。
刹那はモレノの隣に座った。
「あまり勢いよく閉めるなよ。ドアが壊れると困る」
刹那は扉をそっと閉めた。
少し行ったところでモレノが言った。
「刹那……私はロックオンに会ったぞ」
「ロックオン?!」
その名を聞いた途端、刹那の体に歓喜が駆け巡った。
(生きていた!ロックオンは……ニールはやはり生きていた!)
待て。而して希望せよ。
昔、ニールが読んでくれた『モンテ・クリスト伯』の一節だ。刹那はいたく気に入って、その言葉だけはすぐに覚えてしまった。
ニールはいろいろなことを教えてくれた。物語や勉強、戦う時の正しい心構え。そして……人を愛することを。

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