ニールの明日

第一話

「ロックオーン!!」
刹那の悲痛な叫びがまだ耳に残っている。
そうだ…刹那…俺には刹那がまだいた…。こんなところで死んでらんないぜ、畜生。
「大丈夫かな?」
白い髭面の男が顔を覗き込んだ。
「大丈夫なわけ…ないだろ…」
「うむうむ。今のはきいてみただけだ。その憎まれ口を叩けるところを見ると、大丈夫じゃな」
「はっ、あんた、おかしな人…いっつ…だな…」
「無理して喋るな。あんたは死んでてもおかしくない怪我をしているんじゃからな」
「じゃあ、どうして俺は…生きてんだ…?」
「ジョー達の話によると、あんたは緑色の柔らかい光に包まれていたそうじゃ」
はっ。緑は俺のラッキーカラーと言うわけか。だが、それを口にするのはやめておいた。喋ると体に響く。
(刹那…)
俺、まだ生きてるぞ。おまえにまた会いたいな…。
ロックオンこと、ニール・ディランディは、吸い込まれるように寝てしまった。
目の前に刹那がいた。
「刹那!」
ロックオンは思わず叫んでいた。体の痛みもない。
刹那は眉をひそめた。
「誰だ。おまえは」
「ロックオンだ!帰ってこれたんだよ!」
「冗談言うな」
刹那の隣に、ぼうっとニールそっくりの男が現れた。
「ライル…!」
そこで、ニールの目が覚めた。こめかみに涙の跡がついている。
確かにあれは、双子の弟、ライルだった。しばらく離れ離れになっていたくせに、瓜二つと言っていいほどよく似ていた。
「起きたか?」
アメリカ系の南部鈍りの英語で話し掛けられた。色の浅黒い男である。
「えーと、あんたは?」
「俺はジョー」
男は簡潔に答えた。
「ここは…?」
「医務室だ。俺達はスペースコロニーの開発をやっている」
「あんたか。俺を助けてくれたのは」
「ああ。しかし、びっくりした。瀕死の男が漂ってたんだものな」
「すまない」
「なあ、あんた。あの緑色の光は何だったんだ。俺達が近づくと消えてしまったが」
「それはこっちが知りたい…っ、つっ…」
「ジョー、込み入った話は後にしてくれるか」
「わかったよ。ランスのじいさん」
ジョーは医務室から出て行こうとした。
「ああ、その前に」
ジョーは振り返った。
「あんたの名前、まだきいてなかったな」
一瞬、ニールは戸惑った。本名を明かしていいのかどうか。だが、意を決して口を開いた。
「ニールだ。ニール・ディランディ」
「ニールか。宜しくな」
今度こそジョーは出て行った。
ニールは白髭の男と取り残された。
「わしはランス。一応ここの医者じゃ」
ランスはぽつりと言った。
「ここはあまり設備が整っていないが、まあ、我慢してくれ」
「はあ…」
だが、気のせいではなく、体の痛みがさっきより楽になっていた。「困ったことがあったらわしに言ってくれ」
「世界の情勢を教えてくれますか?」
ランスは大声で笑った。
「こんな辺鄙なところに来る情報は、何ヶ月も前のものじゃよ」
「そうか…」
刹那への糸口が途絶えてしまったか。いや…。
「Dr.ランス」
「ランスでいい」
「じゃあ、ランス。ソレスタル・ビーイングは知ってるか?」
「ふむ…世界的に有名になった組織じゃな」
「今も存続しているか?」
「あんたはさっきのわしの言葉を忘れたようじゃね。もしソレスタル・ビーイングに何かあっても、ここで明らかになるのはずっと先のことじゃ」
「刹那…」
刹那、今すぐおまえに会いたい。おまえを抱きしめたい。
地上に行けば、何かわかるだろうか。
「ランス。地上に行くにはどうしたらいい?」
「おんぼろの小型挺が何機かあるが、ありゃ、素っ裸で宇宙を泳いで行った方がましという代物じゃぞ」
「何でもいい。地球にさえ辿り着ければ」
「やれやれ」
ランスは頭を振った。
「物好きな男じゃ。じゃが、怪我が治るまではここで安静にするといい。幸い、安静にするだけなら、こんなとこでも役に立つからのう」

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