ニールの明日

第百四十四話

 ティエリアも落ち着いて、ご馳走も片付いた。
「さてと、俺達はそろそろ帰りますか」
 ニールが席を立った。
「泊まって行きませんの?」
「王留美。小舅一人だけでも持て余しているのに、その上邪魔者を増やす気か」
 グレンが言った。『小舅』と呼ばれた紅龍は小さく咳払いをした。
「じゃあ今、車を呼びますわね」
「いいよ。俺達は歩いて帰る」
「あら。貴方がたを送って来た運転手だったら近くの建物で待っていますことよ。彼の仕事を奪う気ですの?」
「――そんなことは考えたことなかったな」
 やっぱり金持ちの思考回路はわからん。ニールはそう思った。
 けれど、ニールは刹那と他愛無い話をしながら帰りたかった。それに、訊きたいこともあったし――。仕方ない。テレパシーで話すか。刹那とはいつでも想いが繋がれるようになったし。
(刹那、訊きたいことがある)
 珍しくニールの方から刹那の頭の中へ話しかける。
(俺に?)
(さっきのティエリアのことだけど――お前も子供とか欲しいか? やっぱ)
(ニールとの子供はいらないな。きっと子供が二人になりそうだ)
(刹那~)
(冗談だ。――お前の子だったら素直ないい子に育つだろうな。俺だって本当はお前の子供が欲しくない訳じゃない)
(刹那……俺もお前の子供が欲しい。子作りならお手の物だけど、相手が妊娠することがないとなると――ちょっと寂しいことはあるな)
(だったら女をどこかで見繕って来るといい。俺は知らん)
(刹那……)
 刹那の心の声が苛立っている。
(俺は刹那との子供が欲しいんだよ)
(無理に決まっている。それに――お前の子供が欲しいという女だったら山程いるんじゃないか?)
(おや、刹那君、妬いてんのか)
(……誰が)
 刹那は舌打ちしてそっぽを向く。
「どうしたの? ニール。さっきから突っ立ったままで」
 ――そうか。アレルヤには俺がぼーっと突っ立っているようにしか見えないんだろうな。刹那との内緒話は聞こえないから。
「車はすぐ来るそうよ」
 受話器を置いた王留美が言った。
「それにしても、ここの家具は古い物が多いな」
 ニールはレトロなアイテムの多いこの家をぐるりと見回した。
「きっと持ち主の趣味でしょうよ。私もアンティークは嫌いではありませんわ」
 王留美の好きなアンティークはきっと億単位だろうな、ニールは思った。
(将来、グレンと経済観念の違いから喧嘩したりして)
 真剣に心配するニールであった。紅龍が止めてくれたらいいのであるが。
 彼らは結婚したばかりだ。第三者のニールが思い煩うことではない。刹那は可愛らしいぬいぐるみを凝視していた。
「欲しいんですの? 刹那」
 王留美が訊く。
「いや……そんな訳では……」
「リボンズに頼んでみましょうか? 敵ではありますけど、ぬいぐるみや人形のひとつくらいだったら譲ってくださると思いますわよ」
「ほんとに視線の先にあっただけだって……」
「人の好意は素直に受け取っておくものですわ。――もしもし?」
 王留美がまた電話をかける。
「あのぬいぐるみ――そう、ライオンのですわ。あのぬいぐるみ、譲ってくれませんこと? リボンズ。私ではなく刹那が欲しがってますの。――まぁ、ありがとうございます。このお礼は必ずいたしますわ」
 チン、と受話器の置く音。そして王留美が言った。
「持って帰っていいそうですわ。何なら、他の物も――」
「これだけでいい」
 刹那は大事そうにライオンのぬいぐるみを抱えた。ニールは首を傾げた。
「刹那。お前、ぬいぐるみなんて好きだったか? そんな趣味があったのか?」
 それだったら俺が買ってやったのに――ニールは思った。
「何となく、こいつはアンタに似ている」
「そっか」
 それで欲しくなったって訳か。
(愛されてんなぁ、俺)
「そちら様も仲が良くてようございますこと」
 王留美が真面目に言ったのだが何となく茶化すような響きが混じっているように感じるのは穿ち過ぎか。
「ふー……俺も王留美とのハネムーンを楽しみにしてたのにこんな小舅付きじゃなぁ……」
 グレンの言葉に紅龍がじろりと彼を見た。
「怖い顔しないでください。お義兄様」
 グレンがぴらぴらと手を振った。
「あ、車が着きましたわ」
 見ると、やはりさっきの車だった。
「じゃあな。グレン」
「――さよなら」
「お幸せにね」
「――今日はありがとうございました」
 ニール、刹那、アレルヤ、ティエリアが王留美達に別れを告げた。彼女達もそれに応える。そして、ニールら四人は車に乗り込む。
(なぁ、刹那、今夜――)
(後にしろ)
 はっきりとした拒絶ではない。ということは――。OKということだろうか。
(わかった)
 刹那はこっちを見て、赤くなってまた視線を逸らした。赤くなった――というのはニールの気のせいだろうか。
(随分刹那を抱いてこなかったような気がする――)
 そう思うと気持ちが昂ぶってきた。今日は何としてでも二人きりにしてもらおう。

 リボンズ・アルマーク機構に着くと、夜遅くだというのにセリ・オールドマンが出迎えてくれた。
「ああ、オールドマンさん。俺達は――」
「ニールさん、お言いつけ通り四人部屋を用意しておきましたよ」
「へ? 四人部屋?」
「ええ、王留美様から」
 王留美のいたずらっぽい笑顔が浮かんで来るようであった。
(なぁ、刹那。今日は――しても良かったんだろ?)
(まぁ、今日はな。でも王留美のお達しでは仕方あるまい)
(はぁ~)
 皆どうして俺と刹那の逢瀬を邪魔するんだ――ニールのテンションは一気に下がった。刹那が二人きりにならないように計らったこともあったが。
(ニール、残念か?)
(ああ。心の底から残念だよ)
(まぁ、諦めるんだな。見ろ。ティエリアも不満そうだ)
(あいつは元からああいう顔だろ)
(よく見てみろ。あれだけ盛りあがったのに俺達と一緒の部屋なんだ。さぞかし無念に思っていることだろう)
 そういえばよくよくティエリアを見ると何となくそんな感じもする。アレルヤはいつも通りだ。
(あいつらの心の中、見てみるか?)
(お前がそうしたいのならな――俺はやめておく。後が怖い。お前もやめておけ)
(けれど、同じマイスター同士だろ。わかり合わなくちゃ。よし、じゃあまずはティエリアの心の中を――)
 心の中を読む技術は刹那とのやり取りのおかげで慣れて来た。ティエリアの心に意識を集中したニールは――。
(な、何だ? これは――!)
 ティエリアの中にあったのは無限に広がる暗黒だったのだ。ニールは思わず叫び出しそうになる。ティエリアがニールを睨みつけた。

2015.9.6

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