ニールの明日

第百四十五話

「ティ、ティ、ティエリア……」
「何か言いたいことでも?」
 ティエリア・アーデはニールを睨みつけたまま眼鏡を直す。
「――いや、何でもない」
「そう……じゃあ僕はシャワーを浴びて来ようかな? あるんだろう、風呂場が」
「ああ。立派なヤツがな」
 ――って、そうでなくて! ――とニールが一人で混乱していると。
(――どうだった?)
 刹那が訊いてきた。
(ああ、すげぇ怖かった。――ティエリアも大変だな。あんな闇抱えながら生きているなんて)
(ティエリアは慣れているんだろうな)
(ティエリアの為に俺達は一生懸命助けてやろうぜ)
(――ニールのそういうところが俺は好きだ)
(刹那……)
 想像の中でも繋がれたらどんなにいいか――ニールは思った。
 しかし、それにしても、ティエリア・アーデって何者なんだ?
 只者でないことは知っていた。でなければガンダムマイスターには選ばれない。
 けれど――存在の根っこがニール達とは違うと言おうか。ティエリアの中身は底知れぬ暗黒だった。百戦錬磨のニールも一瞬怯えさせるような――。
(ティエリアが……あれがあいつの本質なのか?)
(そんなことは俺は知らん。だが、ティエリアが大切な仲間であることには変わりないだろう?)
(ああ)
 ティエリアが例え何者であっても今まで築いてきた友情が壊れることは有り得ない。苦楽を共にした仲だ。
 刹那はティエリアの中の暗黒を垣間見てもいつもと同じようにティエリアに接している。ニールは刹那の懐の深さに改めて感嘆した。
 アレルヤは知っているのだろうか。多分、ティエリアは人間ではない。
 けれど――薄々アレルヤも気付いていて、それだからこそ愛しく思っているのに違いない。
(ティエリアと話がしたいな)
 ニールは思うともなく思っていた。
(そうだな。だが、その機会はまた訪れる。俺達は仲間なんだから)
 仲間、か。この世で何よりも大切なもの。
 ニールが一番大事に思っているのは刹那・F・セイエイなのだが。
「ねぇ、刹那。そのライオンに何か名前つけた?」
 アレルヤが訊く。刹那が答えた。
「ああ、ニール二号だ」
「ぷっ!」
 ニールは吹き出した。
「そりゃねぇだろ刹那。お前のネーミングセンスはどうなってるんだ」
「嫌なら別の名前に変える」
「いや、いやいや。ニール二号! いい名じゃねぇか。大事にしろよ」
「わかった」
 刹那はぬいぐるみを抱き締めている。そんなところが何となく可愛いとニールは思う。
 可愛い、可愛い俺の刹那――。
 そこへ――。シャーロットが部屋に入って来た。
 鍵締めるの忘れてたな。
 ニールが立ち上がる。シャーロットが言った。
「あのね、ニールおにいちゃん、あたし、おにいちゃんたちにあいたくてママにないしょできたの」
「シャーロット……でも、いい子だから寝るんだぞ」
「はーい。あ!」
 シャーロットの目は途端に輝いた。
「せつなおにいちゃん、かわいいぬいぐるみもってる!」
「ああ、これか」
 刹那は茶色のたてがみのライオンのぬいぐるみを差し出した。
「ちょうだい、ね、ちょうだい」
「お前はもう既に可愛い人形を持っているじゃないか。これは王留美からのプレゼントで俺も気に入っている」
 そうか、気に入っているのか。俺に似ているからだな。刹那。
 じーんと感動がニールの全身を戦慄かせた。
「だめなの? ニールおにいちゃんににてるから?」
 子供は直球でいいなぁとニールは羨ましがる。尤も、ニールもかなり直情な方ではあるが。
「やっぱりシャーロットもニールに似てると思うのか」
「うん!」
 シャーロットは可愛らしい笑顔で答えた。
「――やる」
「え? いいの?」
「ああ。ニールならここに本物がいるからな」
 刹那は自分より背の高いニールの胸元をとんと叩いた。
「――だ、そうだ。勿論俺にも異存はない」
 ニールは自分の頬が緩むのがわかった。
「本物のニールがいれば、他に何もいらない」
 刹那の言葉にニールの心が震えた。
 自分のことをこんなに愛してくれた青年を長い間ほったらかしにしていたんだ。いくら仕様がなかったとはいえ。ニールも刹那に会う為の努力はしていたのだ。そして、再会を果たすことができた。でも、どんなに愛情表現しても足りない。まだまだ足りない。
(刹那。俺は死なないからお前も死ぬな)
(ニール……)
(今の台詞、嬉しかったぜ)
 ニールは刹那に対してパチンとウィンクした。
 刹那は俺が死んでいないことを信じてくれていた。その様が刹那からのイメージで語られる。
 刹那と交換しているのは何も言葉だけではない。イメージを通して語られることもある。それで――今まで知らなかった刹那のことがまたわかってきた。
 ティエリアのイメージは暗黒――いや、暗黒というより無のイメージ化に近い。
(ほんと、ティエリアはよく耐えてるよな)
「アレルヤ。おい、アレルヤ」
「何だい? ニール」
「いっか。よっく聞け。お前はティエリアを永遠に愛すると言ったな。ティエリアをしっかり支えておけよ。ティエリアを捨てたりしたら――この俺が許さない」
「アレルヤおにいちゃんとティエリアさんというひともこいびとなのね」と、シャーロット。
「そうだよ」
「……ついこころをよみたくなっちゃった。かってにこころをよんだらママにしかられるの」
「へぇ……僕は構わないけど、ティエリアの心の中は読まない方がいいな」
 ニールは目を見開いた。アレルヤ……こいつ、やはり何か勘付いているのか。
「どうしてぇ?」
「いろいろひみつがあるんだよ」
 そうだな――シャーロットがあれを見たら怖さで泣くかもしれない。ニールはアレルヤに頷きかけた。
「ひみつかぁ……しってはいけないこと?」
「まぁ、秘密を全部暴こうとは思わないことだね」
 確かに、アレルヤの言う通りだ。ニールは好奇心に任せてティエリアの心の内部を覗き見たことを後悔した。
(――まぁ、いずれは通った道かもしれんが、な。俺もティエリアの心を知りたかったし。でも、一番知りたいのはやっぱり刹那の心だけどな)
(好奇心は猫を殺す――だな)
(違いない)
(けれど――それでティエリアを見捨てるようなお前らじゃないだろう)
 そうテレパシーを送りながら刹那がひたとニールを見据えた。
(――まぁな)
 ティエリアを救えるものなら救ってやりたい。しかし、存在の根幹があの暗黒だったらどうしようもない。ニールにできることはティエリアをアレルヤや刹那、そして他の仲間達と共に支えることだけだ。
「ぬいぐるみありがとう! せつなおにいちゃん! ――それから、みなさんおやすみなさい」
 シャーロットは大切そうにぬいぐるみを抱えながら部屋に帰って行った。

2015.9.16

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