ニールの明日

第百四十三話

 サラダを突きながらニールは思った。
 ――なるほど。ビリー・カタギリか。
 彼もかなりの切れ者と評判だ。会ったこともあるがその風貌には知的なものを宿していた。例え激昂したとしても。
 それにしても、刹那は頭が回るようになったな。いや、前から本当は頭がいいとは感じていたが。
(ビリー・カタギリのことは当分スメラギ・李・ノリエガには言わない方がいいかもしれないな)
 再び、刹那のテレパシーだ。
(どうして?)
 ニールの問いに、
(スメラギ・李・ノリエガはビリー・カタギリの家にいたことがあるだろ――俺らのせいでスメラギ・李・ノリエガはビリー・カタギリの元を追い出されたのだからな)
(そうか……いい気はしねぇだろうな)
(彼らはグレンと王留美の披露宴で会うかもしれないけどな)
「ニール?」
 王留美が尋ねた。
「ああ……ちょっと考え事してた」
「そうですの……私達、貴方がたには感謝しているのですわ。それから……一応リボンズ達にも」
「何を考えてんだかわからねぇぞ。あいつらは」
 ニールはそう言い、刹那と顔を見合わせて頷いた。
「でも……そんなきっかけでもないと私達は結婚できなかったかもしれないのだから」
「そうだな」
 グレンも王留美に笑いかけた。
「おや? ニール。ビーフシチューは嫌いだったかい?」
 アレルヤが訊く。
「うんにゃ。そんなことはないけど……何で?」
「食が進んでない」
「うめぇよ。お前のビーフシチューは。相変わらず」
(済まない。ニール)
 今度は刹那だ。
(何で謝る? 刹那)
(俺が食事中に心に語りかけたから)
(関係ねぇよ。それに、俺は嬉しいんだ。こんな風に刹那と話すことができて……)
(ニール……)
(でもま、今は食事に専念させてくれるかな)
(ああ……)
 ビーフシチューに入った肉には味わいがあって旨い。大好物のジャガイモが口の中でとろける。アレルヤは、ジャガイモが好きな自分の為にわざわざ入れてくれたのだとニールは悟った。
「ありがとう。アレルヤ。こんな風に旨い飯作ってくれて」
「ニール。アレルヤは……僕のだ……」
 ティエリアの台詞は、最後の方は消え入りそうになった。
 わかってるよ。ティエリア。お前さんからアレルヤを取ろうとは思わないさ。
 そう思いながらニールはティエリアにウィンクを送った。
「ティエリア……」
 アレルヤは頬を紅潮させている。多分嬉しいのだ。
「さっきのニールの言葉じゃないが……ありがとう、ティエリア。僕は君にも感謝している」
「ふ……ふん……」
「俺も、感謝してるぜ。今日は来てくれてありがとうな、ティエリア」
 ニールが海色の瞳をティエリアに向けながら話した。
「あ、ああ……」
 ティエリアは満足な答えが出来なくなってしまったようだった。
「ちょっと……外の空気に当たってくる」
 ティエリアは照れ隠しなのか、本当に空気に当たりたくなったのか、立ち上がった。
「ティエリア……!」
 アレルヤも後を追おうとする。こう言い放って。
「済まない。君達。ちょっと食べててくれ」
「ごらんなさいませ。ティエリアを。あれが大昔で言うツンデレというものですわ」
「本当はアレルヤが好きなくせにな。好きなら好きと何で堂々とはっきり言わん。俺にはわからんな」
「それは、貴方にはわかりませんでしょうね」
 王留美はくすくす笑った。グレンは直情な男だ。きっとティエリアの錯綜した思いは想像もつかないに違いない。
 ニールはシチューの中にあった細かく刻んだ牛肉を食らった。その後、ガタッと席を立った。

「ティエリア……」
 アレルヤがテラスにいるティエリアに声をかけた。辺りは灯りがさしているとはいえ、既に暗くなっている。くさむらにすだく虫の声が響く。
「見ないでくれ、アレルヤ!」
 ティエリアが泣いているようにアレルヤには見えた。
「どうして泣いているの? ティエリア」
「君は……辛くはないのか?」
「辛い? どうして?」
「僕は……あの二人を見ていた間、ずっと辛かった……」
「あの二人? ニールと刹那のことかい?」
「まさか! 僕が言っているのは王留美とグレンのことだよ!」
「ああ、何だ……」
 アレルヤは安堵した。
「何が『ああ、何だ……』だ、アレルヤ・ハプティズム!」
「僕はてっきりニールと刹那のことかと……」
「あの二人は僕の同士だ」
 ティエリアは眼鏡を外し、手の甲で涙を拭った。そしてアレルヤから顔を背けた。
「僕は、グレンと王留美に嫉妬している」
「結婚式のことだったら、リボンズは何か企みがあって――」
「わかっているさ。けれど……彼らは男と女だ」
「ああ……」
 アレルヤにもやっと得心がいった。
「ティエリア。僕の心は君の物だ」
「知ってる」
 ティエリアは答えた。
「でも……僕は君の子供を産めない。王留美とグレン、あの二人を見る度何度も何度もその事実が頭の中をリフレインする。仕方のないことだとわかってはいても。――僕では、君の遺伝子を残せない」
「子供を産めなくても……僕は永遠に君を愛する。ティエリア・アーデ。僕の恋人」
「アレルヤ……」
 パチパチパチ、と拍手の音が聴こえた。ニール・ディランディだった。刹那も彼の後をついて来た。
「ニール、刹那……」
「良かったな。ティエリア」と、ニールが祝福する。
「くっ!」
 ティエリアは駆け出そうとした。それをニールが彼の腕を掴んで止める。
「どうして逃げる? ティエリア」
「こんな失態……!」
「失態じゃないさ。お前はアレルヤを愛しているのだろう? だったら、応えてやれ」
「アレルヤ……?」
 アレルヤが手を広げた。
「おいで、ティエリア」
 ティエリアがアレルヤの腕の中に飛び込んだ。若柳のようなティエリアの体は逞しいアレルヤの胸元にすっぽりと収まった。
(キスでもしてやった方がいいんじゃねぇか? このお嬢さんに)
 お嬢さんとはティエリアのことである。そうだね、ハレルヤ――。アレルヤは心の中の相棒、ハレルヤに語りかけた。アレルヤはティエリアの涙で濡れた目元を見つめると、突きあげてくる勢いに任せて恋人の唇を奪った。
 王留美とグレンも窓から見つめていることにも彼らは気付かないようだった。

2015.8.27

→次へ

目次/HOME