ニールの明日

第百四十九話

「ちょっと貸せ。ニキータ」
 アリーが娘から端末を奪ったらしい。モニターに悪党面が映った。
「よぉ、クルジスのガキ。ジャガイモ野郎。どこがスイッチだったか知らんが、ニキータを説き伏せたようじゃねぇか。なかなかやるな」
 アリーは片頬笑みをする。刹那が口を開いた。
「俺は……ただ本当のことを言っただけだ。それに――相手がお前でなければニキータのことを応援したかった。それだけだ」
「ふん。ニキータはお前の応援なぞいらないと思うがな」
「ではどうしてニキータは俺達の味方になろうとしたかわかったか?」
「…………」
 アリーは黙ってしまった。アリーのような人種には一生わからないだろう。恋愛は女子供の物だと思っているうちは。ニールも昔はそう思っていた。
 けれど――世界は女子供が動かしているのだ。男どもが自分の力と勘違いしているだけで。
(全く、大した男になったぜ。刹那・F・セイエイ)
 ニールは心の中で嘆息した。
「俺とニキータは同類だ。だからニキータも俺に力を貸す気になったんだろう……」
 刹那はニールの方を見た。
「俺がニキータとわかり合えたのは、俺の仲間達――とりわけニール・ディランディのおかげだ」
「ははっ」
 ニールは笑顔を見せると刹那の頭をこつんと叩いた。
「クルジスのガキ――いや、刹那。変わったな」
 アリーがちょっと馬鹿にしたように言う。でもきっと、それは彼なりに刹那を認めた証。斜に構えてなければ人を認めることもできないのだ。このアリー・アル・サーシェスという男は。
「そうかもな」
 刹那の声音が柔らかくなる。アリーは一度は刹那の愛した男だ。アリーの今の台詞は刹那にも嬉しかったことだろう。
「俺の方からも大将に言っておく」
「アリー。お前も変わった」
 刹那が言う。ニールは以前のアリーのことは知らないが、何となく酷い男というイメージがあった。それはただのイメージだったのかもしれないが。
 アリーがフン、と鼻を鳴らす。
「ガキが――いつの間にか成長しやがって」
 子供は成長するものだ。だが、今のアリーの言葉はニールにも響いた。
「――ありがとう」
 刹那の礼に対して、
「へぇ……お前でも俺にありがとうなんて言うんだな」
 アリーは赤い顎鬚を引っ張りながら答えた。
「変か?」
「いや。ただ、お前には恨まれてるような気がしてな」
「まぁな。今までは恨んでいた。けれど、今は――恋に惑っている男にしか見えない」
「あまり言われたくない言葉だな」
 アリーはニヤつきながら言った。こういう態度でしかアリーという男は負けを認めないのだ。
「投了だよ。刹那」
 アリーが刹那を『クルジスのガキ』と呼ばないのは、彼なりに刹那を見直したということだ。
「ちょっと待て。大将に繋いでやる」
 モニターが待ち受け画像になる。雄大な砂漠の夕陽だった。
「刹那……」と、ニールが言った。
「何だ?」
「お前はすげぇよ。大した男だよ」
「そうじゃない。皆がいたから……」
「それでもだ。お前と同じ環境にいても成長しないヤツは成長しない」
「成長しないとダメなのか? 成長しないとお前に認められないのか? ニール・ディランディ」
「――馬鹿だな」
 ニールはふっと笑った。
「お前は俺の可愛い刹那だ。例え何年経とうがな。でも、ここまで成長してくれて嬉しい。子供の成長は誰だって嬉しいもんだろ?」
「ああ――リヒターとか見てるとそう思うよ。少しは俺が成長できたと言うなら――お前のおかげだ。ニール」
「アリーも少しは人当たりが良くなったな」
「ニキータのおかげだろう。愛は人を変える」
「わお、クサいこと言ってくれちゃって」
 ニールは刹那の頭をぐりぐりと撫でる。
 ――画面が変わった。若草色の短い髪が似合う美貌の男。リボンズ・アルマークだ。
「アリーとニキータを言い負かしたそうだな。刹那・F・セイエイ」
「――そうなのか?」
 刹那は別段からっとぼけている訳ではない。素でこんな感じなのだ。アリーやニキータが「負けた」と言っても刹那には意味がわからないであろう。
 けれど、アリーもニキータも刹那と同類なのだ。そして、ニール・ディランディも。誰より愛する者を見つけた、という点において。
「――そうか。無垢なんだな。君は。刹那・F・セイエイ」
 リボンズが溜息を吐く。
「俺は無垢なんかではない。男娼まがいのこともした」
「それでも、君の本質が変わる訳ではない」
(俺もそう思う)
 ニールはテレパシーで刹那を後押しした。刹那が少しはにかんだような笑みを浮かべてニールを見遣ると、再び視線をモニターに戻した。
「リボンズ。ダブルオーライザーを返して欲しい」
「――あれは僕のものだ」
 リボンズが表情を変えずに答えた。
「一応言ってみたまでだ。お前がそうやすやすと返すとは思っていない」
「ニキータが――君の味方についたようだね」
「彼女が何を考えているか俺にはわからない。ただ、アリーの子供を産むか、と訊いただけだ。彼女は『産むわ』と答えた。きっと――誰かにそう訊いて欲しかったんだろう」
 ――え?
 ニールは刹那の真摯な横顔を見つめた。
(おい、刹那、お前さん、ニキータの心を読んだんじゃなかったのか?)
(――今回は読まなかった。読んでも同じことだろうと思ったからだ)
 確かにニキータはその父と違って真っ直ぐな気質だから心を読む必要はないと刹那は思ったのかもしれないが。
 いいや。刹那は本当の意味でニキータとわかり合いたくて、先入観のないまま飛び込んだのだ。
 全く――無茶するけど、そういうところが好きなんだよな、俺は。刹那・F・セイエイという男を。
 もう二度と離しはしない。過去にどんなことがあろうとも刹那は刹那だ。刹那に対する愛しさが突き上げてきて、ニールは刹那を抱き締めたくなった。
 ――けれど、それは控えた。リボンズがいる。リボンズの前でラヴシーンをすることは、ニールは構わなくても刹那が嫌がるだろうと思った。
「刹那・F・セイエイ、ニール・ディランディ。君達がアロウズに来ればダブルオーライザーを貸してやっても良いが」
「断る!」
 刹那とニールは同時にそう言い放った。
「ダブル・オーライザーは俺達の物だ」
 と、刹那。
「そうか――交渉決裂だね。まぁ、あれと同じ物を造れるようになれれば僕はダブルオーライザーを返してやってもいいと考えている――今はね」
「そんなことは無理だ」
「こっちにだって優秀な技術者がいるんだ。まだ同じ機を生産できる段階ではないが――また連絡する」
「待て!」
 画面からリボンズの姿が消えた。ニールが舌打ちした。
「――逃げられた」
「『退却も兵法のうち』というからな。だが、あの男とはわかり合えそうにない。例え、俺達と似た存在でも」
「似た存在?」
 ニールは訊き返した。刹那が数秒ほど沈黙してからテレパシーで答えた。
(あの男――リボンズは人間ではない)
(……イノベイターか?)
(多分……)
 それきり刹那は黙ってしまった。
 リボンズがイノベイターか……何となくわかるような気がする。刹那もまだ確信は持てないようだったが。
 ――しかし、いずれダブルオーライザーはこっちに返してもらおう。ニールもまた、その機体が絶対に必要であることが本能でわかっていたから。

2015.10.26

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