ニールの明日

第百四十一話

「ニール、ちょっと来てくれないかい」
 そう言ったのは、ガンダムマイスターにしてニール・ディランディの朋友、アレルヤ・ハプティズムだ。
「いいけど――どうしたんだ?」
「王留美に僕の作る料理を所望されたんだけど、ニールにも手伝って欲しいんだ」
「それはいいけど――」
 何でティエリアが傍にいる。
 料理のアシスタントという点でいえばティエリアは最悪であった。キッチンを爆発させるし。
「ティエリアも行くのか?」
 料理音痴、いやそんな言葉じゃきかないくらいのティエリアが――。
「悪いか? 僕も手伝いに行って」
 ニールはアレルヤが自分に一緒に来ることを頼んだ理由がわかった気がした。
 いざという時はティエリアのストッパー役を果たせ、ということだな。わかった。俺も仲間だ。アレルヤに協力してやろうじゃないの。

 リムジンが玄関につけられた。
 普通の車で良かったんじゃないかとニールは思ったが。金持ちのやることはわからない。
 アレルヤ、ティエリア、ニールが車に乗り込んだ時――。
 刹那がたたたっと駆けて来て扉から滑り込んできた。
「刹那?!」
 刹那はニールを睨んだ。置いていくなという風に――。それとも、仲間外れはイヤだということか?
 ニールは刹那が愛しくなって黒い癖っ毛の頭を撫でた。刹那は動かなかった。
「王留美のところへ行くんだろう?」
「何だ。聞いてたのか」
「――俺も手伝えないか?」
 ニールが刹那のワインレッドの瞳を覗き込むと、刹那はふい、とそっぽを向いた。
 可愛いヤツ――。
 これは恋人の欲目かもしれないが、刹那は綺麗だ。そして、美しく育った。ティエリアのような女性っぽい美形ではないが。どちらかというと男前だ。グラハムのような男色家につけ狙われている。
 刹那はニールが好きだ。それは、強ちニールの自惚れだけではない。
 参ったね、このニール様が刹那に関しては骨抜きなんて。
「出しますか?」
 運転手が訊いた。
 刹那を追い出そうとしても無駄だろう。強情なところのある刹那を説得するには時間がかかる。
 それに、王留美もグレンも歓待してくれるかもしれないし。
「ああ、出してくれ」
 ニールが運転手に言った。ニール達の乗ったリムジンが発車した。
 隣ではアレルヤとティエリアが話している。これからのガンダムの未来についてだ。
「ニール」
 ティエリアが話しかけてきたので、ニールは、
「何だい?」
 と、答えた。
 それにしても、リムジンの中は快適だ。ちょうどよい温度に保たれている。絨毯はふかふかだ。ニールと刹那、アレルヤとティエリアが向かい合わせに座っている。
 ――刹那のことかな? もっと管理をちゃんとしろとか?
 と、思ったがティエリアの言ったことはそれとは違っていた。
「君、ダブルオーライザーのことをどう考えている?」
「え? ああ――ちゃんと大事に思ってるよ」
「本当か? 本当に忘れてなかったか? 今の君はオーライザーのことをすっかり忘れているように見えたからな」
「いや、いや。刹那と共に戦える貴重な機だからな。なぁ、刹那」
「――ん?」
「大体君達はたるんでいるのだ。何を考えているのだ。ダブルオーライザーを取り戻そうとせず、王留美の結婚式の準備などにうつつを抜かして――」
「ティエリア……」
 アレルヤが止めようとした。
「邪魔をするな、アレルヤ!」
「――ねぇ、ティエリア。もしかしてだけど――君、妬いてるの? 王留美とグレンに」
「馬鹿な――何で彼らを妬く必要がある」
「だって、一応彼らは祝福されて結婚しただろ。だから君も羨ましいのかなぁと思って」
「な、何を言う……」
 だが、ティエリアの声はトーンダウンした。
「僕は羨ましかったよ」
 愛があればそれでいい。それは嘘だ。やはり周りの人間には二人の愛を認めて欲しい。祝福して欲しい。
 ニールにもアレルヤの気持ちがわかるような気がした。
「でもさ――俺はお前らの味方だぜ。アレルヤ」
「ありがとう。ニール。僕達は仲間だものね。僕も君達のことは祝福するよ」
「――どうも」
 ニールが刹那の方を見遣ると、彼の口角は上がっていた。嬉しいんだろう。
「ところで、アレルヤは何を作ってやるんだ? お嬢様に」
「材料は後で届くそうだ。それを見て決めるよ」
 アレルヤのことだ。何が来ても美味しく料理してしまうのだろう。ティエリアのことも美味しく料理したりして――。
(おっと)
 刹那はニールの心が読めるのだ。何を考えるかについては注意しなければならない。刹那もニールの性格はよくわかっているのだが。ニールのちょっとエッチなところも。
 でも、確かにこんなにお膳立てしてもらってお嬢様は幸せだな、とニールは思った。
 リボンズが何を考えているのかは知らないが――。
 明日はダブルオーライザーを返してもらうようリボンズに交渉してみよう、とニールは考えた。
 簡単にはいかないかもしれないが。リボンズには彼なりの思惑があるのだろう。
 ニールは知らず知らずのうちに自分の口元を手で覆いかぶせた。アレルヤが訊いてきた。
「どうしたの? ニール? 酔った?」
「いや……」
 そんなんじゃない。ただあまり余計なことは言わないように、口を噤んだだけだ。
(大丈夫か? ニール)
(刹那――心配してくれてるのか?)
(いつも煩いヤツが静かになると何があったのか気になるだけだ)
(――あっそ)
 けれど、刹那に気にかけてもらえるのはニールには嬉しかった。
(なぁ、刹那。アレルヤやティエリアの心は読めないのか?)
(読めるが――それをすると後が大変だろ?)
(そうだな)
(だが、二人とも只者ではないことはわかった)
(それは俺達もだろ?)
(そういう意味ではなくだな――俺はずっと、俺とニールは普通の人間だと思っていた。ちょっと過去にいろいろあっただけの――)
 お前は普通の人間ではないよ。刹那。
(お前はガンダムになるんだろう? ちっとも普通じゃねぇよ。それにあの時――お前は眉ひとつ動かさなかった。お前は――ガンダムだ。立派な)
(ニール……)
 刹那はニールの手を握った。
「刹那?」
「俺は、お前の為にガンダムになる」
 刹那は時々大胆になるな、とニールは思う。アレルヤもティエリアもいるのに――そういうことを気にするのは、いつもなら刹那の方ではなかっただろうか。
 これは、二人の仲がまたひとつ進展したと考えても良いのだろうか。ニールは楽観的にそう考える。アレルヤが言った。
「ティエリア、刹那とニールは仲が良いね」
「そうだな」
「ねぇ、僕達も――」
「調子に乗るな、アレルヤ」
 ティエリアが声をきつくする。刹那を見つめているニールにもアレルヤが肩を竦めているのがわかった。

2015.8.6

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