ニールの明日

第百四十八話

 やがてリボンズが言った。
「――ニキータは今いないようだ。代わりにこの男と話でもしててくれ」
 モニターからはリボンズの顔が消え、長い赤毛と顎鬚を持つ男の画像が現れた。
「アリー!」
「アリー・アル・サーシェス!」
 ニールと刹那の声が重なった。
「よぉ、クルジスのガキにアイルランドのジャガイモ野郎」
 アリーはにやにや笑いながら言った。
 アリー・アル・サーシェス。ニール・ディランディにはこの男に言いたいことは沢山ある。
 貴様のせいで死にかけたところだったんだぞ、とか、お前は本当に刹那の最初の男なのか、とか――。
 でも、まず言いたいのはこれ。
「どうしてお前が出てくるんだ!」
「ああん? 当然だろ。ニキータは端末を持っていない。ということは、ニキータと話をしたかったらまず俺を通さないとダメだと言うことだ」
(――やられた!)
 君のようなお人好しを騙すのは楽しい。
 リボンズは確かそう言っていた。
 そうか――こんな意味も込めてか。まんまとしてやられたぜ!
「アリー、ニキータはどこだ」
 刹那は冷静さを保っている。そうだ、俺もそれが訊きたかったんだ。ニールがモニターに詰め寄る。自然、刹那と密着する形になる。けれど、今のニールにはそれで欲情する心の余裕はなかった。
「ニキータなら今シャワーだ。何だ? お前ら、俺がニキータを殺したとでも思ったのか?」
 アリーはまたしてもニヤニヤ。
「貴様だったらそういうことをしていても無理もないと思うぜ」
「――ふふ、褒め言葉と受け取っとくぜ。それに、ただ殺すよりひでぇことしてるかもしれねぇしな」
「――どういうことだ」
 ニールの声が気色ばむ。どいてくれ、ニール、と刹那に言われてニールは少し刹那から離れる。
「ジャガイモ野郎。俺は昨夜ニキータと寝たぞ。しかも、それが初めてではない」
「え?」
 ニールの頭が一瞬真っ白になった。
「……やはりか」
 刹那は賢し気に呟いた。ニールは刹那を一瞬睨んだ。
「落ち着いてる場合か?! アリーは確か……」
「そう。俺はニキータの父親だ」
 アリーが言葉で遮る。ニールが叫んだ。
「わかってんのかてめぇ! お前はニキータを畜生道に引きずり込んだんだぞ!」
「わかってるさ。ニキータに訊いたら『アリーとならいいよ』と言ってくれたぜ」
「ニキータは何もわかってない。まだ十六だぞ」
「もう十六だ。あいつの体は華奢だが熟れていたぞ」
「く……」
 ニールは悔しさで涙をひとつ、零した。結局俺はあの少女に何もできなかったんだ……。
 そう思って涙を止めないニールの肩を刹那がぽん、と叩いた。
「おいおい。センチになるなよ。俺らの場合、愛し合ったのが親と子で、というだけだ。お前だってクルジスのガキと男同士で……」
「愛し合ってなんかない!」
 ニールの剣幕に刹那がびくっとしたようだった。
「お前らは愛し合ってなんかない! アリー、てめぇがニキータを己の情欲の糧にしただけだ!」
「――否定はしねぇ。だがてめぇはどうなんだ。そのクルジスのガキと寝たことあるんだろ? てめぇだって同類だ!」
「違う! 俺は――」
 刹那を愛している。そう言いたかったが言えなかった。言えば本当にアリーと同類になるような気がして。
 ニールは刹那の顔に目を向ける。刹那はわかっている、という風に頷いた。
「アリー・アル・サーシェス。俺はニール・ディランディを愛している」
 刹那……。
 ニールが勇気を持てなくて飲み込んだ言葉を刹那は高らかに謳い上げた。
(ああ――もう、死んでもいい!)
(まだ死ぬな。俺はお前と生きたい)
(刹那……)
 刹那とニールがテレパシーで会話をしているとアリーがふぁ~あ、と欠伸をした。
「けっ、つまんねぇ話しちまったな。おっ、ニキータが戻ってきたぜ。じゃあな。ガキども」
 アリーが端末から離れたらしい。――しばし待っているとニキータが現れた。
「おはようございます。ニール・ディランディさん。刹那・F・セイエイさん」
「ども……」
 ニールは言葉少なに答えた。
「ニール。もうアリー達のことには関わるな。それよりダブルオーライザーのことを訊け」
「――わぁってるよ」
 ニールは刹那に言った。
「そのう……なぁ、ニキータちゃん。そのぅ、だな……カタロンに――俺達のところに帰る気はないかい?」
「ないわ」
 そう言い放つニキータはまるで氷の女王のようだった。
「君が帰ってくれると言いさえしたらダブルオーライザーも戻ってくるんだけど……」
「あなた達には都合のいい話よね。で? 私が『YES』と言うとでも思った?」
「実はちょっと思った……」
「馬鹿にしないで! あの連中が私に何かしてくれた? 愛してくれた?」
 ニールの堪忍袋の緒が切れた。
「お前だってあの子達を愛してたんじゃなかったのかよ! カタロンの孤児達を愛することができなかったのか?! ええ?!」
「――どこまで行っても平行線なようね。少なくともあそこには私の居場所はなかったわ」
「ニキータ」
 鋭い声で刹那が口を出す。ニールは少し毒気を抜かれた。
「カタロンでのお前はいつも寂しそうだったな。どこかに帰りたがっていたようだった」
「…………」
 刹那の言葉にニキータは黙る。ニールはカタロンの基地にニキータという少女がいたことさえ忘れていた。刹那が続ける。
「でも、居場所は作れたはずだ。お前はその努力を怠った。――いや、違うな。お前は一旦は俺達のことを考えていたはずだ。――アリーに惚れてしまったのは何かの間違いで……」
「間違い、なんかじゃないわ……」
 ニキータの目から滴がぽたぽたと流れ落ちた。
「私とアリーの愛は……間違いなんかじゃないわ……」
「――悪いことを言ったみたいだな。済まない」
 刹那が真剣な声で呟いた。
「お前は純粋な少女だ。誰に似たかは知らないが」
 アリーでないことだけは確かだな。ニールは密かに思ったがやはり口には出しにくかった。
「――わかって……くれたの?」
「お前の愛は純粋だ。十六の少女にだけ可能なような。実の父親と寝たからと言って俺にはお前を責める気にはなれん」
 うは、寛大だな、刹那。もし俺がニキータに近しい人物だったら、例えば、親とか親友とかだったら絶対に許さないのに。――ニールは刹那の台詞に舌を巻いていた。
「俺もニールを愛してしまった。男同士なのにな。――同じように男を愛してしまった友人が好きな男の子供を産めないと言って泣いていた」
「おい、刹那、それは――」
「俺も同じ気持ちだ。俺はニールの子供を産むことさえできない。けれど、愛することを止めることはできない。例え、どんな茨道であろうとも――」
「刹那、もしかして私と同じ――」
「アリーとの子供が出来たらお前はどうする?」
 刹那の言葉にニキータはぴくっと肩を震わせた。
「――産むわ」
「そうか……」
 刹那が吐息をついた。何だかんだ言ったって刹那も結局ニキータ達のことは気になっていたらしい。関わるな、と言いつつどっぷり関わっている。ニールもやっと人並みの冷静さと判断力を取り戻した。
「私の方から――リボンズに頼んでみましょうか?」
 ニールの目が見開く。金鉱を掘り当てた。そして――ニールは刹那を心の底から尊敬した。

2015.10.16

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