ニールの明日

第百三十四話

「そういえば……何かを感じるな」
 刹那が呟く。ニールは好物のジャガイモを口内で溶かして嚥下した。
「あれは……」
 アンドレイが窓を指差す。
 空にはボロボロの旧式MS二機――。

「お客様、そんな格好ではリボンズ・アルマーク様にお会いすることができません。アポイントメントはお取りですか?」
 アロウズ本部の受付の女性が言った。なかなか綺麗な人である。
「リボンズ・アルマークなど知らん。俺は王留美に会いに来た」
「この方に逆らわない方がいいですよ。お姉さん。グレン様は怒るととても怖いんですから」
「ダシル。無駄話は止めろ」
「はいはい」
 ダシルは肩を竦めた。
「大丈夫です。お姉さん。リボンズ様には話は通してありますから」
 ダシルがにっこりと笑って女性を宥める。
「だといいんですけど――」
「取り敢えずリボンズ様の部屋に案内していただけますか? 僕達の言っていることが正しいことがわかるから」
 ダシルは相変わらず如才ない。
「待ってください。今、電話で確認します」
 しばし待たされた後、女性は言った。
「失礼しました。こちらへどうぞ」
 女性の後をグレンとダシルが歩いて行く。
「お前を連れてきてよかった――。俺だけだと受付と喧嘩になった挙句に追い出されでもしただろう」
「まぁ、グレン様は時々無茶を言いますからね。大抵のことには慣れました」
「何だとこの……」
 グレンは拳を振り上げる真似をした。何してるんですか、ときつめの声で言われた。この受付の人は相当気が強いらしい。
 扉が開いた。
「リボンズ様。連れて来ました」
「――ご苦労」
「王留美!」
「グレン!」
 二人は駆け寄ると人目も憚らずにキスをした。
「まぁ!」
 受付の女性は好奇心丸出しで目を見開いている。――彼女はリボンズに丁寧な言葉で追い返された。
「ああ……やっちゃったか……」
 ダシルが頭を抱える。
「さぁ、再会を喜ぶのはここまでにして――グレン、君の用件を訊きたい」
「もう叶ってるよ。こうして王留美に会えただけでも」
「まぁ……」
 王留美の顔が心なしか赤くなっているような気がする。
「結婚して欲しい。王留美」
「でも……」
「この世に完璧な平和が訪れるまでなんて俺には待てない。今すぐ俺の嫁になれ」
 王留美はどうやら逡巡しているらしかった。CBのオーナー、王留美らしからぬ態度であった。
「しかしだな、グレン――」
 今まで存在を忘れさられていた紅龍が何か言おうとするのをリボンズが身振りで制した。
「いいんじゃないかな。このままだと埒が開かない。王留美、グレン。二人とも結婚するといい。僕が証人になろう」
「しかし……」
「僕が女性だったらそこまでして情熱的に求愛されてみたいものだよ。――おっと、これは冗談だが」
「俺も証人になります。グレン様」
「君は?」
 リボンズが訊いた。
「お初にお目にかかります。リボンズ・アルマーク様。俺はダシルと言います。グレン様の従者です」
 そして、ダシルは自分の胸に拳を当てた。
「今回はグレン様の道案内役として同行しました」
「道案内役?」
「ええ。――ここだけの話、グレン様は酷い方向音痴ですから。北に行くのに東や西に行くならともかく、南へ行ってもおかしくない人ですから」
「そんなことは言わなくていい!」
 グレンが怒鳴った。
「ティエリアさんにナビゲートをしてもらって連れてきました。アロウズの本部の位置はわかってましたが」
「ティエリア? ティエリア・アーデのことか?」
「ご存知でしたか。有名人ですね。ティエリアさん。あんなに美しい人は二人といませんものね。例え男でも」
「そんなことを言ったらリジェネが怒るな」
「リジェネ?」
「リジェネ・レジェッタ。ティエリアと同タイプの――まぁいい。リジェネはティエリアが自分より顔がいいと言われたら怒るだろうね」
 何か言いかけたな。グレンは思った。
 それは、秘密にしておきたいことなのだろうか。だが、王留美に会えた今、そんなことはどうでも良かった。
「しかしですね、お嬢様。いや、留美」
「何ですの? 紅龍。いえ、お兄様」
「グレンと結婚したら、世界中にスキャンダルが――」
「それはどうかな。案外祝福されたりしてな」
 リボンズが微笑みながら紅龍を遮った。
「お兄様。私だって、一人の女性の幸せを手にしたいですわ。勿論、今はCBやアロウズがゴタゴタしていますけれど――」
「そうです。それを放っておいてゲリラ兵と結婚なんて、無責任にも程があります」
「おい!」
 ダシルが紅龍の前に出た。
「グレン様が王留美様をどれだけお慕いしていらっしゃるかわからないのですか! 恋したことないのですか! あなたは!」
「恋ならしたことがある! ここでは言えないがな!」
「ずれてますわ。お兄様」
 王留美が紅龍を止めた。紅龍ははぁはぁと荒くなった息を鎮めようとした。
「……済まない。留美」
「いえ。遅かれ早かれこうなることはわかってましたわ」
「私は、いえ、俺は――グレンがここに来ないことを願っていました」
「兄の嫉妬だね。人間というものは見苦しい」
 リボンズが顔色一つ変えずに言い放つ。
「リボンズ、お兄様は……」
「いや、いいんだ、留美。その通りだからな」
 紅龍は寂しそうに微笑した。
「可愛い妹を嫁にやるのが嫌なだけですよ。俺は――」
「お兄様……」
「これからは私がCBの当主です。お前は好きな道を行くといい。留美」
「それは賛成できかねるな」
 リボンズ! ――グレンが心の中で叫んだ。リボンズは続けた。
「紅龍。カリスマといい指導力といい、貴方は妹に勝てない」
「そうなんですか? やってみないとわからないじゃないですか」
「いや、それもその通りだ。ダシル」
 グレンは、何だかこの紅龍が可哀想になってきた。
「結婚しても王留美がCBの当主に留まることはできないのか?」
 グレンの言葉にリボンズ・アルマークが頷いた。
「奇遇だね。僕もその方法を考えていたんだよ」

2015.5.28

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