ニールの明日
第百三十五話
「はい、はい。わかりました。はい、どうも――」
リボンズ・アルマーク機構の所長、セリ・オールドマンが電話を受けた。受話器を置いた後、オールドマンはふぅ、と息を吐いた。
「どうした? セリ」
刹那はセリ・オールドマンをファーストネームで呼びつける。
「――ここにお客が二人来るそうだ。大切なお客様だからくれぐれも失礼のないように、とのことだった」
「ふぅん。じゃあ、俺達は大丈夫だな」
「何を言っている、ニール。おまえが一番危ないんだよ」
「俺が危なくなるのはおまえの前でだけだぜ」
そう言ってニールは茶色の巻き毛の髪を掻き上げる。本人としては格好つけたつもりだったが、刹那には通じなかったようだ。
「誰が来ると言っていた? セリ」
「グレンとダシルという人達だ。刹那」
「グレン……」
クルジスにいるはずの二人が何でこんなところにいるのか。ソーマと一緒にいるアンドレイが口を開いた。
「刹那、先程のあれ――」
「何だ? アンドレイ」
「空に浮かんだ二つのボロボロのMS、あれはグレンとダシルという人のじゃなかったのかな」
おおっ、とイノベイター達がどよめいた。
「知ってるのかい? 皆」
セリ・オールドマンが訊いた。何人かのイノベイターが頷き合った。
「あの思念を感じるのは初めてだけど、悪い感じはしなかったな。ニールと刹那に似ていなくもない」
「そ……そうか?」
ニールは頭を掻いた。ジョンがこう言った。
「だが、根本的に違う。――心をこっそり読んでみたが、グレンには思う女がいるそうだ。勝手に心を読むのは本当はルール違反なんだけどな」
「うん。その女の人も近くにいるよ」
「王留美――か」
ここ数時間で仲良くなったイノベイター達の話を聞いて、刹那が呟いた。
「そう、王留美」
「CBを総べる王家の当主なんだってな」
「グレンはゲリラの王様だろ?」
「王子様じゃないのか?」
皆が囁き交わしているのを、シャーロットは目を輝かせながら聞いていた。
「シャーロット、もう寝なさい」
「ママ、まだゆうごはんまえよ」
「――そうだったわね」
シャーロットの母、エンマ・ブラウンが深い溜息を吐いた。子育ても大変だな、とニールは思う。シャーロットはいい子だが、ちょっとおませなところもあるみたいだ。
それに、この年で恋というものに深い関心を寄せている。そんなところも可愛いと思うのだが。
「エンマ」
シャーロットの父、フランクリン・ブラウンが妻の肩に手をかけた。
「あなた」
「エンマ、シャーロットは何もわかっちゃいないのだよ。それが我々の慰めになるがな」
「あなたはシャーロットに甘過ぎます。あなたの意見もわかりますが、今は、それはそれは疲れてしまうものなのよ」
「まぁな……」
フランクリンが苦笑した。
「エンマさん。安心してください。シャーロットはとてもいい子です。きっとご両親がいいからでしょう」
ニールはフォローに回った。それに、あながち嘘ではない。ソーマとアンドレイも頷いた。
「ありがとう。ニールおにいちゃん、ソーマおねえちゃん、アンドレイおにいちゃん」
そう言ってシャーロットはにっこり笑った。
「私もいつか、ニールおにいちゃんとせつなおにいちゃんのようなこいがしたいな」
可愛いなぁ。それに、同性愛に嫌悪感を持たないみたいだ。
この子はいずれ大物になると親馬鹿めいた感動に浸っていると――。
(ニール、昼間のあの子とは別人みたいだ)
刹那の声が心に響いてきた。
(な、可愛いよな)
(そうではなくて――彼女もイノベイターだということを忘れるな)
(忘れるもんか。シャーロットは優れたイノベイターだぞ)
(俺の言いたいのはだな――)
(ははん。イノベイターとして彼女が覚醒したらえらいことになると言うことか)
(――まぁ、そういうことだ)
(心配はいらない。ブラウン夫妻もオールドマン氏も、ここの人達も皆それぞれにシャーロットを導いてくれる)
(ニール、おまえは俺の言ってもらいたい台詞をいつも必ず言ってくれる)
(何、惚れ直した?)
ニールは冗談のつもりで言った。刹那がニールの肩に頭を擦り付ける。
(ニール、大好きだ――!)
えええええ?! こんな美味しいシチュエーション、あっていいのか? いいのか? というか、こいつは急に好意を行為で表すことがあるから心臓に悪いぜ。いつもはクールなくせに!
その時、「キャ――――ッ!」と歓声が上がった。
自分達のことかと思ったが、違うようだった。グレンとダシルが階段を降りてくる。
「何あれ、美少年コンビ!」
「うーん。ナイスだわッ!」
「このところ一気にいい男が増えたわよね!」
(ニール。いい男というのには、おまえも勘定に入っている)
(ご説明どうも。刹那。いい男ねぇ……悪い気はしないな)
「あっ、シャーロット!」
とてとてと駆けて行ったシャーロットがグレンの前に立つ。
「おにいちゃん。かのじょとはあえた?」
「ええ~。彼女いるの~?」
「ほらね、やっぱし。ていうか、さっきのジョンさん達の話、聞いてなかったんかい! 王留美の恋敵になる自信はあたしにはありませんよーだ」
「刹那とニールは美青年同士でいちゃいちゃしてるし……もう知らないッ!」
刹那がぱっとニールから離れた。惜しいなぁ、とニールは思った。けれど、皆の知らない刹那を知っているのはこの俺だけだぜ!
グレンは口元を綻ばせながらシャーロットの金色の頭を撫でた。
「ああ。会えたよ」
「それから?」
「俺は王留美に結婚したいと言った」
「きゃーっ! ぷろぽーずだー!」
シャーロットは嬉しそうに笑う。どこで覚えてきたんだか……エンマはそんな顔をする。
「でも、いろいろと事情があってね――王留美は一晩考えさせてくれと言った」
「きっといいっていってくれるよ。グレンさんいいおとこだもん」
「――ありがとう」
グレンは微笑みを浮かべる。へぇ、あんな顔できたんだ、とニールは密かに感嘆する。子供の力っていうのは強いよな。やっぱ。
(俺達も子供欲しいな。刹那)
(ここの子供達やカタロンの孤児達では駄目なのか?)
(刹那との子供がいいよぅ)
(ニールとの子供か……煩さが倍になるような気がするな)
刹那はうんざりしたように頭を振るった。
ちぇっ。こいつ、さっきはあんなに甘えてきたくせに。
でも、ニールには刹那の気持ちもわかるような気がした。刹那は子供嫌いではない――いや、実は大好きなのだ。ただ、どう接していいかわからないだけで。
そんな刹那の砦を壊したのは、シャーロットやカタロンの孤児達やここの仲間であった。
「ま、いいわ。王留美との馴れ初めを教えてくださいませんこと? 王子様」
「王子様なんてガラじゃないけど……俺と王留美が会ったのはな……」
グレンが説明し始める。年頃の少女達は吟遊詩人のサーガでも聞くようにうっとりした顔でその世界に浸っている。その中で、シャーロットだけが眠そうに舟を漕いでいた。
しーっ、とフランクリンが人差し指を口に当てながら、シャーロットをおんぶして部屋に戻って行った。ソーマがひらひらとブラウン親子に手を振っていた。
2015.6.7
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