ニールの明日

第百三十三話

「グレン?」
 ビリー・カタギリが首を傾げた。――知らんなぁ。
「お繋ぎしますか? 本人は王留美の婚約者だと言ってますが」
(いるんんだよなぁ。そういうの)
 ビリーは苦笑いを噛み締めた。
「君、その通信は切って――」
「いや、繋いでくれ。興味がある」
「グラハム……」
 ビリーはグラハム・エーカーにちょっと恨みがましい視線を投げた。
「いいじゃないか。王留美の婚約者を騙る痴れ者の顔を見るだけでも」
 それがビリーの気分転換になると思ったらしい。やれやれ、とビリーは思った。グラハムの感情表現は素直ではない。
「――まぁ、そうだな。繋いでくれ」
「承知しました」
 そして、グレンという男の顔がモニターに映し出された。ガタッとグラハムが立ち上がる。
「少年――!」
「刹那・F・セイエイ!」
 ビリーとグラハムは同時に叫んでいた。それほど雰囲気が似ていたのである。面差しも似ていなくもない。
 紫色のトーガに長い髪、金色の目。どこか猛禽類を思わせる。
「少年――私は感動した。見た目こそ違うものの、こんなにあの少年を思わす男は他にない」
「聞いてなかったのか? グラハム。彼は王留美の婚約者を名乗っている。どうせ女好きだろう」
「ああ……似過ぎていて、震える――」
「とち狂っているようだな」
「少年。王留美など放っておいて、私とハネムーンに行かないか?」
「断る!」
 グレンは言下に言い放った。ビリーが吹き出す。グラハムはビリーをじろりと睨んだ。
「俺は男色家ではない。それに、王留美の婚約者であることも本当だ」
「証拠はあるのか?」
 グラハムの質問にグレンは、
「ない」
 と、答えた。それがかえって真実味があった。王留美はCBの統率者として微妙な立場にあるのだから。もし婚約してても今は発表しないだろう。
「待っていようと思った。だが、心は王留美に向かって飛んでいく」
「待ってくれ。グレンくん。今、王留美にアクセスする」
「――頼む。アンタはそっちの金髪男と違って話がわかりそうだ。変態でもなさそうだし」
「信用してくれて嬉しいよ。ねぇ、グラハム」
 ビリーの言葉にグラハムはゴホン、と咳払いをした。そして、誰が変態だ、とぼそりと呟きながらそっぽを向く。
「だが、リボンズが通してくれるだろうか」
「スムーズに通してもらえるなんて思っちゃいない」
 グレンが無表情でそう言った。
「反抗されるのは覚悟している」
「それはいい心がけだ。待ってて。今、王留美に繋ぐ――リボンズ。お嬢様はどこだ」
 リボンズ・アルマークの顔もモニターに映る。
「何だ? ビリー・カタギリ」
「だから、王留美に繋ぎたいんだけど――」
「相手は?」
「グレン――えーと、名字、何だっけ?」
「ただのグレンだ。姓はない」
「だ、そうだ」
「グレン某、聞いてくれ。そう簡単に王留美に会えると思うのは大間違いだ」
「――だ、そうです」
「攻撃でもしてくるか? 望むところだ。これでもゲリラ兵達を束ねていたんでね。戦いとなると血が滾るぜ」
「きっとアロウズからも大量のMSが押し寄せてくるぞ」
「構わない。腕が鳴る」
 ビリーの言葉にグレンの金色の目が光った。手の骨をボキボキと慣らす。
「――健闘を祈るよ。あ、お嬢様からだ」
「グレン!」
 王留美は少なからず驚きの声を上げた。
「王留美!」
 グレンは途端に嬉しそうな顔つきになった。飼い主に飛びつきたい犬のような、とでも言おうか。
 ――調子いいんだから。ビリーがまたもや苦笑を堪えた。こんな奴らが来るんだから、アロウズにいて退屈する暇はない。
「話があるのなら、私のところまでおいで願えませんか。私がいるアロウズ本部まで」
「ああ。貴女が今アロウズにいることはティエリアから聞いて知っている。――そう、ダッタン人の矢の如く飛んでいくよ!」
 この男はシェイクスピアでも読んでいたのかな? ビリーは思った。そんな感じはしないが。ただ、グレンは無学の徒からは決して感じ得ない知性というものを持ち合わせている。
「『真夏の夜の夢』のパックだね」
「私も『真夏の夜の夢』は好きだ。今度一緒に観に行こう!」
「――グラハム、君は黙っていてくれ」
「俺も王留美と舞台観劇に行きたいと思っていたところなんだ。そっちの金髪のホモとはごめんだが」
「あはは。言われてしまったねぇ、グラハム」
「お黙りなさい。ビリー・カタギリ。貴方こそ少し喋り過ぎです」
(おっと――お嬢様の怒りの矛先がこっちに回って来たか)
 しかし、ビリーは口を閉ざしたものの尚もニヤニヤしていた。
「グレン。もう通信を切っていいだろうか」
 と、リボンズ。
「王留美ともっと話がしたかったら、実力行使で来い」
「――わかった」
「是非ここまで辿り着いてくださいね。グレン。口先だけの男は嫌いですの。知性のない男も嫌いですが。貴方が来るまで私はリボンズの元で待たせていただきましょう」
「わかりました。このグレン、アロウズ本部まで辿り着いて、見事貴女のハートを獲得しましょう」
「――そこまでだ。もう切る」
 リボンズの合図でモニターが暗くなる。グラハムが呟いた。
「あの男、ここまで来るかな」
「来るだろうね。そんな気がする」――ビリーが答えた。
「賭けてもいいぞ?」
「遠慮しておくよ。ところで、コーヒーもう一杯くれるかな」

「どうでした? グレン様」
「切られたよ。ダシル。王留美と会いたかったらここまで来いとさ。――アロウズ本部にな」
「俺はあまり行きたくないな」
「そうだな。俺もアロウズ本部にはあまり行きたくない。だが、あそこには俺の恋人がいる」
「グレン様にとって、金のハートを持った女性ですね」
「まぁ、そうだ。付き合わせて済まない。おまえもこのモビルスーツで人を殺すことになるかもしれない。俺の為に――。……約束、守れなくて済まない」
「いいですよ。グレン様に従うと決めた時から、命を落とす覚悟はしてたんですから。手を汚す覚悟もそう。訓練が役に立ちそうで良かったです。こちらは旧世代のMS二機。劣勢ですのでまずは生き残ることを最優先に考えましょう」
 すると――向こう側の空からアロウズのものと思しきMSがやってきた。
「わぁ、大群ですね」
「やはり来たか。――突っ切るぞ、ダシル」
「わかりました! グレン様! お互いにご武運を!」
 ――グレンとダシルのMSは敵の懐に飛び込んだ。

「――来る」
「え?」
 シャーロットの感じが変わった。ソーマはシャーロット達と昼御飯をしたためながら小さく答えた。そういえば――何かの気配がする。救世主か、この世の梟雄か。それはだんだんこちらに近づいてくる。
「誰か来る――あの人も勇者……」

2015.5.18

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