ニールの明日

第百三十六話

「くくっ、グレンのヤツ、調子に乗ってたな」
「お前も人のことは言えないんじゃないか?」
 ニールと刹那が口に出して会話した。グレンはダシルと副所長と一緒にVIPルームに行っている。
「では、僕達はそろそろ……」
「そうですね。大佐も待っておりますし」
「セルゲイ・スミルノフかい?」
「はい」
 ちょっと嬉しそうに、ソーマ・ピーリスがこう続けた。
「――私の父です」
「セルゲイがこんな可愛いお嬢さんを養子に取ったとは聞いてないが?」
 セリ・オールドマンが首を傾げる。
「養子になる予定がダメになっちゃったんですよ。父のワガママのおかげでね。でも、ソーマは僕の妹ですよ」
 そう言って、アンドレイがソーマの肩に手を回した。それはそれは、仲のいい兄妹に見えた。
(刹那、あの二人、どう思う?)
(仲のいい兄妹以上には見えんな。それに、二人ともそれぞれ想い人がいる)
(誰だよ。誰だれ?)
 ニールが刹那の答えを要求する。――刹那は心を閉ざしてしまった。
(刹那~)
 ニールがちょっと情けない呟きをする。刹那は心を閉ざしたままだ。
 ――ということは、相手は只者ではないと言うことか。刹那の心も閉ざしてしまう程の。しっかし、刹那も意地が悪いね。人の好奇心煽っといて。
 これはベッドでお仕置きが必要かな。そう思ったニールを刹那がちらりと大きな目で見た。
「アンドレイ、ソーマ。セルゲイには俺から言っておく。――ここに泊まらないか?」
「えっ、でも……」
「いいのかい?」
 そう言いながらもアンドレイとソーマは嬉しそうだ。
「そうだよ。泊まって行きなよ。ソーマちゃん」
「俺も歓迎するぜ」
「アンドレイさん、チェスやらない?」
 イノベイターの少年少女がわっと押し寄せて来た。
「ははっ、エライことに……なっちゃったかな」
 アンドレイは悪い気はしないらしい。赤茶色の頭をぽりぽり掻いた。刹那が続けた。
「セルゲイ・スミルノフには俺が話をつける。そこでだ――」
 ニールは嫌な予感がした。
「――お前達、俺達と同じ部屋に泊まらないかい?」
 そう言って刹那がにっこり。
 うぉっ。珍しい。刹那が力いっぱいの笑顔を見せてる。端末端末。
 パシャッ。
 ニールは刹那を撮ろうとしたのに、反対に自分が写真を撮られたことに驚いた。
「ニールさんの子供のようにはしゃいでいる顔撮ーった」
 女の子の一人、リズがそう言った。
「んにゃろー」
 ニールもいたずらっ子のような笑顔を見せた。
「返せ! そのデータスティック!」
「やぁだぁ」
 子供達はくすくす笑う。刹那も笑っていた。ソーマとアンドレイも温かく見守ってくれていた。
(仲良くできて良かったな。イノベイターと)
 そうか――刹那はこれを予測して……。
(ま、結果オーライだったがな)
 前言撤回。うちの刹那王子は世界一のサディストだぜ!

「ふぅ……」
「どうした? 溜息なんか吐いて」
「疲れたんだよ」
「疲れた? どうして」
 刹那がすっとぼけた調子で訊く。ニールは思った。――自分にはイノベイターの世話は荷が勝ち過ぎる!
 刹那はそれを見てどう思ったのか、また一人、秘密の笑いで笑う。ニールが心の中で呟いた。
(あー、アンドレイとソーマがいなければなぁ……)
(俺を押し倒すつもりだったのか?)
(――そうだよ)
 アンドレイとソーマがいなければ、このチャンスを逃すことはなかったのに!
「ニール、刹那、お風呂の時間だって」
 少年が呼びに来た。因みに、この少年はジェフと言う。
「おう、行くぞ。刹那。風呂ぐらい一緒に入ってくれたっていいだろ?」
「――ま、仕様がない」
 ニールが刹那のけつっぺたを叩いた。刹那はそんなニールの手を思いっきりつねった。
「いてててて」
「――ふん」
 まぁ、それでも、刹那はニールに惚れている訳である。ニールはその倍以上、刹那に惚れているが。
 シャワーを浴びて体を丁寧に洗った後、ニールが湯船に入った。
「は~。極楽極楽」
「ニール、親父臭いぞ」
「いいじゃねぇか。皆オヤジになるんだぜ。――でも、刹那がオヤジになった姿は想像できないがな」
「でも、なるんだろ?」
「まぁ、なるのかもな」
 刹那がマリナ姫みたいな綺麗なお姫様を娶って、シャーロットのような可愛い子供達を持って――。そこまで考えてニールはムッとした。
 俺には刹那しかいないのに――。
(ニール……悪いが心の中を読んだ。大丈夫だ――という言い方はおかしいが、俺はマリナ姫とは結婚しない)
(刹那……?)
(俺は、誰とも結婚しない。ニール。お前以外とは)
 その心の響きには、どこか悲しげなものがあった。確かに、刹那と寄り添えるのはニールしかいないだろう。ニールにはその自信がある。
 だが、そのきっかけがあの親殺しに通じるものがあるのは――ニールは何となく罪悪感を覚えた。
 俺も、アリー・アル・サーシェスと変わらないのかもしれない。
 シャワーを浴び終えた刹那が湯船に入った。濡れた髪のニールが後ろから刹那を抱き締める。
「ニール、心配するな。お前はアリーとは違う」
「いや。そう変わんねぇよ」
「お前にはお前の愛し方があるだろ? ニール。俺はお前の愛し方の方が好きだ」
「刹那……てか、またお前俺の心読んだろ」
「――いけなかったか?」
 刹那の声が仔猫の痛々しさを帯びる。痛々しいとすら感じさせたくない、そういう頑なな傷ついた仔猫の痛みだった。
「うんにゃ。お前のすることだったら、俺は何だって許す」
「そういうとこが、アリーにはなかった。――以前のアリーにはな。笑わないか? こんなこと言っても。実はな――アリーは恋をしている」
「な……何だって~?」
 ニールが驚きのあまり間の抜けた声を出した。
「まさかニキータちゃんに本気で……」
 刹那はこくんと頷いた。
「そうか……確かにニキータちゃんは美人だけど……」
「ニキータはアリーの娘だ」
「うん……そんな感じだな。あの癖のある赤毛なんかそっくりだ」
「上手くいかないもんだな……実の親娘の恋が実る訳がない。俺達も不毛な恋をしているし」
 そんなこと言うなよ、刹那……ニールは哀しくなって愛しい刹那の黒髪に顔を埋めた。

2015.6.17

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