ニールの明日

第百三十七話

 一方――
 紅龍と王留美は同じ部屋にいた。
「ねぇ、お兄様――こんなことを訊いては失礼に当たるかもしれませんけれど……お兄様が恋をしたことあるなんて、今まで知りませんでしたわ」
「ああ。そうだろうな」
「相手はどなたですの?」
「お嬢様、いや、王留美!」
「留美で結構」
「留美――私とて、話したくないことがある」
 どうやらこの話は鬼門のようですわね――王留美はそう思った。
「――お休みなさい。お兄様」
「お休み、留美」
(グレン……お兄様、ありがとう)
 王留美は幸せな夢の中に入って行った。

「あ、父さん? 今日はリボンズ・アルマーク機構に泊まってもいいでしょうか。友達も一緒ですから心配はありません。――はい、刹那」
 アンドレイが刹那に端末を渡す。
「セルゲイ・スミルノフ。俺は今日はアンドレイにここにいて欲しい。無理だろうか」
 それから刹那とセルゲイはいろんな話をした。三十分ほど話した後――
「それじゃ、息子を宜しく頼んだよ」
 とセルゲイが言った。刹那は「ああ」と首肯した。
「随分話が弾んだようだね」
 とアンドレイ。
「全くだよ。俺を差し置いてさ」
 ニールがにやりと笑う。
「済まない、ニール」
 刹那が素直に謝った。ニールが刹那の頭をぐりぐりした。
「なぁに。冗談だって」
「ははっ」
「こうして見ると、君達二人とも――年相応に見えるな」
 アンドレイの言葉に、
「いつもの俺は、そんなに老けてたか?」
 と、ニールが不満そうな声をもらす。
「いや、ただ、今までの君達は、大人びているというか何というか――」
「近寄りがたい」
 ソーマ・ピーリスが助けに入った。
「そう、近寄りがたい」
 アンドレイが膝を打った。
「特に、ニールさんとか――刹那はまだ年が近いからわかり合えそうな部分もあったけど」
「ニール。お前が大人びていて近寄りがたいって。――アンドレイ。お前も面白い冗談を言うんだな」
「何を言うんだ。刹那。こんなアダルトないい男を目の前にして」
「うん、まぁ、いい男なのは否定しない」
「――ふふ。嬉しいじゃねぇか」
「お二方は仲がいいんですね」
 と、ソーマ・ピーリス。
「ああ、戦友だ」
 と、刹那は言い、
「恋人だ」
 と、ニールは答えた。
「あ、あら、まぁぁ……シャーロットの言ってたことは、本当だったのね」
 ソーマは狼狽えながら、口元に手をやった。
「今日もさ、君達にここに寝てもらうのは、俺が刹那に手を出すのを、刹那が牽制したおかげなんだ」
「何が『君達』だ。ニール」
 刹那が腕を組んでベッドに座ったまま壁に寄り掛かった。
「ふふっ、シャーロットが聞いたら何と言うかしら」
「あの子はまだ子供だ」
 刹那が無表情で答えた。ニールが言った。
「シャーロットは俺達が男同士だというのは気にしないだろう。むしろ、俺と刹那が二人きりでいないことの方に文句をつけるんじゃないかな」
「私達、お邪魔だったかしら」
「いんやぁ、そう言われると――そうだなぁ、刹那と二人の方が良かったな」
「ふん」
 刹那が鼻を鳴らした。アンドレイが言う。
「ニールさんて、結構ずけずけ言いですね」
「ま、自覚はあるよ。でも、こうやってアンドレイやソーマ――アンタ達と話すのも楽しいからな」
「本当ですか?」
「嘘ついてどうなる」
「俺達、お二人の邪魔をしてしまったかと思うと……」
「いや、俺達には邪魔が入った方がちょうどいい」
 刹那が答えた。
「刹那――もしかして障害があった方が恋は燃える、という考えの持ち主か? だったら――」
「ニール。俺達には障害だらけだぞ」
「――刹那の言う通りだな」
 ニールが頷く。
 一度は死んだと思っていたニール。今、そのニールとこうして友達と共に話しているのが現実なのか、刹那には少々信じられない。
(俺は――幸せだ)
 と思ったら刹那は何だか泣けそうになった。でも、涙は見せない。幸せだから。
(もしかしたら、これは俺が見ている夢なのかもしれない――)
 そうとも考える。だが――こっちが現実の方が嬉しい。
 友達もたくさんできた。自分以外のガンダムマイスター、そして、アンドレイ、ソーマ――彼らも友達だ。
「どうした? 刹那。シケた顔して」
 ニールが笑いかける。
 アンタが――生きているから、嬉しい。
「いつもこんな顔だ。俺は」
 照れているのを隠す為、刹那はぼそっと呟いた。
「さぁさ、明日は早いから寝ましょうよ」
「そうだな」
「ああ」
「おやすみ」
 ソーマの台詞に、アンドレイ、刹那、ニールが答えた。彼らはぐっすり眠った。

 心地よい光で、刹那は目が覚める。
「よっ、刹那」
「ニール――」
「ソーマが着替えるから、俺達は部屋を出て行こうぜ」
「すみません。ニールさん」
「いやいや、なになに。俺達はこれでも紳士だからな」
「ニールは紳士だったのか、初耳だな」
「何だと? 刹那――この野郎」
 ニールは刹那の頭をぺちっと軽く叩いた。刹那はわしゃわしゃと自分の黒い癖っ毛の頭を撫でる。ニールは微笑んでいた。その余裕に刹那は少し苛立った。
(いつまでも子供扱いして――)
 シャーロットがおはようございます、と部屋から出て来たニールと刹那とアンドレイに可愛らしく挨拶をした。

2015.6.27

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