ニールの明日

第百三十八話

 リボンズが夜明けのティー・タイムを一人楽しんでいると――
「リボンズ!」
 部屋に入って来たリジェネ・レジェッタが怒気を込めた声を発した。
「どうした? リジェネ……怒っているようだけど?」
「怒りたくもなりますって」
 そう言ってリジェネは柳眉を逆立てる。
「CBとカタロンに肩入れしてるようですけど?」
「そう見えるか?」
 リボンズは余裕の笑顔を向ける。
「見えます。大体ここに泊めるなんてどういうつもりですか。彼らは敵ですよ!」
「――確かに敵だ。だが、使いようによっては利用できると思う」
「彼らを捨て石にするつもり?」
「僕達の役には立つだろう」
 すると、リジェネはリボンズの元に駆け寄って抱き着いた。
「リボンズ、済まない。君が僕らを裏切り彼らの側についたのかと――日和ったのかと思ってしまって……」
「いやいや。今までの僕を見てたら当然そう思うだろう。君はいい子だリジェネ」
 リボンズがぽんぽんとリジェネをあやした。
「僕は君達の仲間だ。君達を裏切るなんて有り得ない」
「本当に本当だね」
「――ああ」
「じゃ、僕は寝るよ。君のことで昨日は一晩も眠れなかったんだ」
「おやすみ、リジェネ」
「おやすみ」
 リジェネが去った後、リボンズは何か腹に一物ありそうな笑みを浮かべながら紅茶を口に含んだ。

「ダシル、じゃんけんじゃんけん」
「いいよー、シャーロット」
「じゃんけん、ぽい」
「お前ら――いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
 ニールが疑問を呈する。
「俺がここにいたらシャーロットが来てさ、『ダシルお兄ちゃん一緒に遊ぼう』って」
「ダシルは子供が好きなんだ」
 傍らにいたグレンが説明した。
「ああ、そうだったな」
 刹那が頷く。
「うん。何となくそんな感じがするね」
 アンドレイも頷いた。
「カタロンの孤児院でも、子供の面倒よく見てたな」
「カタロンか――そんなに日にちも経ってないのに懐かしいな。端末ででもお話するか」
「ダシル、忘れたのか? ここはアロウズ、敵地だぞ」
 グレンの声が厳しさを帯びる。
「そうだけどさ、子供達と話すくらいいいじゃん。アロウズだって子持ちの人は大勢いる。盗聴したってそんなデータ、わざわざ悪用したりしないさ」
 ダシルの言葉に、いつの間にか彼らの傍に来ていたアンドレイを見遣る。子持ちのアロウズ隊員――。
「なるほどね」
 と、いろんな意味を込めてニールは呟いた。セルゲイも子持ちであることには変わりない。アンドレイはニールの視線をどう取ったのか、直立不動のままである。
 まぁ、セルゲイとアンドレイの話はアロウズのヤツらには聞かせられないもんもあるかな――。
 ニールは思う。セルゲイもアンドレイも立派な大人だ。大人は秘密が多い。ふと、シャーロットが羨ましく思えた。
 テロで失ったニールの家族。ニールは、自分も刹那ももう手遅れだから、せめて、シャーロットや孤児院の子供達には幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。
(そういや、ニキータも手遅れかな――)
 実の父アリーに惚れた女の子。それに、アリーは人殺しでもある。そんなアリーとニキータ父娘を刹那は本気で案じていた。――刹那は優しい。それに大人だ。自分よりも大人かもしれない――とニールは思った。
(俺、ムダに年食ってんだよなぁ……)
 早く成長しなくては、刹那に見捨てられないとも限らない。――いや、人を見捨てるには刹那は優し過ぎる。
 過去、親を殺してその後テロ組織にいたとは思えないくらい、刹那は優しい。
 だから、ニールも好きになった訳であるが――。
(お前のおかげだ。ニール)
(はっ、刹那)
 心を読んだのか――ニールは苦笑した。でも、ニールは刹那に心を許している。心を勝手に読むことも、許している。
(お前の方が優しい。ニール。お前の器の大きさに、俺は惚れた)
(俺なんて――お前しか見てねぇよ、刹那)
(――ありがとう)
 ひゃ~、嬉しいな~、とニールが一人赤面していると。
「おはようございます。皆さん」
「おはようございます」
 と、王留美と紅龍の兄妹がやってきた。
「おはよう、お嬢様、紅龍」
「――やぁ」
 ニールと刹那が手を振った。
 皆がそれぞれ挨拶し終わると、王留美がグレンに向かって言った。
「グレン――キスしてくださる?」
「いいとも」
 そして二人はディープなキスを。イノベイター……主に女性陣が声を上げる。
「きゃ~! こいびとどうしだ~!」
 と、シャーロットもはしゃぐ。
「ぐ……グレン様……!」
 ダシルは諌めようとするが言葉にならないらしい。
「おうおう、朝っぱらから見せつけてくれちゃって。目の毒だな。刹那」
 刹那は黙ってこくんと頷く。
 ――電話が鳴った。セリ・オールドマンが出て応対した。
「は、はぁ、わかりました。しかし、いいんですか――?」
 セリ・オールドマンは誰とどんな話をしているのだろう。ニールは心を読みたかったが、読まなかった。イノベイターとして覚醒してから短い時間しか立っていない。心の読み方すら知らない。刹那とは心で繋がっているが。
 刹那が牽制するようにこっちを睨んでいる。
(刹那、そう睨まずとも、俺には大したことはできねぇよ)
(自分を卑下するな。ニール。お前が本格的に覚醒したら、きっとこんなもんじゃ済まない)
(俺はまだ、覚醒の途中にあると?)
(だと思う。――きっと、俺も……)
「あ、ちょっと! ――やれやれ、切れてしまったわい」
 セリ・オールドマンが受話器を持ったまま溜息を吐いた。ニールが訊いた。
「どうしたんですか? 誰からで」
「リボンズからだよ。グレンさんと王留美さんの結婚式のセッティングをしたいそうだ」
「ええっ?!」
「驚くだろ? アロウズとCBは敵同士だとばかり思っていたからな……ホーマー・カタギリは話のわかる人だが、リボンズは何を考えているのか読めないところもあるな」
「あたし、リボンズおにいちゃますきよ」
「そうか。イノベイターに優しいからだね」
 シャーロットがリボンズに好意を持っているとは意外だった。しかし、シャーロットはまだ子供だ。優しくされればころりと信じ込んでしまうのかもしれない。
 リボンズは何を企んでいるのか――。
(気に入らないな)
(そうだな)
 ニールが持った疑惑に刹那は即座に答えた。
(お前もか、刹那)
(ああ――リボンズはただ悪辣なだけの敵ではないのかもしれないが、そう考えることこそもう毒されている証拠なのかもしれない)

2015.7.7

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