ニールの明日

第百三十九話

 王留美とグレンが結婚する――。その話は瞬く間に全世界に広まった。
『どういうことなの?! ニール・ディランディ!』
「ミス・スメラギ……あまり怒鳴らないで欲しいんだが――」
『あなた達はアロウズの人質になったんじゃなかったの?』
「そのはずなんだが――いつの間にかこんなことになってしまって――俺も戸惑ってんだよ」
 ニールは波打つ茶色の巻き毛を片手でくしゃくしゃにした。
『そう……ニール、あなたに訊けば何かわかると思ったんだけど……』
 スメラギ・李・ノリエガは頭を抱えた。
「ニールおにいちゃま、こっちてつだってほしいって」
 シャーロットが呼びに来た。
「わかった。……一旦切るぜ。ミス・スメラギ」
 スメラギの次の言葉を聞かず、ニールは強引に通信を切った。スメラギのぼやきを聞いていた日には一日が終わってしまう。それに、ニール自身何でこんなことになってしまったのかわからないのだ。
「ニール……」
「ああ、刹那」
「手伝ってほしい」
「ああ、シャーロットにも呼ばれたよ――でも、何が悲しくて他人の結婚式の手伝いしなきゃなんねぇんだか」
「俺達だって結婚式挙げたろう」
 そう言って刹那は俯いた。ニールはにやっと笑った。
「そうだな。あの時の嬉しさは格別だったな。なぁ、刹那。一段落したらベッドの中でも式挙げようぜ」
「馬鹿……」
 刹那は怒ったように言う。しかし、頬にはほんのり赤みが。
(やっぱり愛しいなぁ)
 お嬢様にもそういう幸せがあってもいいと思う。カタロンの人達がどう思うかしらないが。これで、CBとクルジスのゲリラ兵の繋がりができるのだ。
(まぁ、リボンズがどう考えてんのか知らんがな――)
 背後にリボンズがいるのが不気味だが、めでたいには違いない。
 会場に行くと、既にマスコミの記者達が詰めかけていた。賑やかな式になるに違いない、とニールは思った。いや、賑やかでは済まないかもしれない。CBの当主が、名もないゲリラ兵と結婚するのだ。世界中の人間に『驚くな』と命じる方が無理であろう。ダシルが来た。
「ニールさん――お客様を捌いてくれませんか?」
「おう、わかった」
 ニールは余所行きの微笑みで『来てくださってありがとうございます』と礼を一人一人に述べた。人が途切れると、ニールはマスコミの人間を見て思った。
(あの中に沙慈の姉さんがいても不思議はなかったんだな)
 前に、沙慈の姉、絹江・クロスロードがマスコミの人間だと聞いたことがある。
(今では病院に世話になってるんだっけ――?)
 沙慈の為にも早く治って欲しいとニールは願った。
 刹那は花束を持っていた。
「手伝うぜ。刹那」
「――ありがとう」
「綺麗な花だな。ちょっと匂いきついけどな」
「俺もちょっと噎せ返る」
「ニールさーん。刹那さーん。こっちですー」
 会場のセッティングはダシルが仕切っていた。そして、今回明らかになったことだが、ダシルは裏方に向いている。だから、長い間グレンを支えることができたのだろう。
「あいつに任せておけば安心だな」
「ああ」
 ニールの言葉に刹那は頷いた。
 席にはびっしりと人の数が。
「うう……人に酔いそうだ」
「大丈夫か。ニール」
「大丈夫だ。実はそんなにやわでもないんだよ。心配してくれてサンキュ、刹那」
「それは良かった。料理の方も手伝ってくれって」
「それにしても急ごしらえのパーティーだな」
「何でも、他日盛大な披露宴をやるそうだぜ」
「世界中の大ニュースだな」
「俺はこういうお祭りは好きだけどな。お前はどうだ?」
「――嫌いでは、ない」
 いつの間にか、この結婚式がリボンズの仕組んだものであると二人は忘れそうになった。
「やぁ、少年」
 げっ、グラハム――ニールは刹那を庇うように立った。
「ニール・ディランディ。そこを退いてくれないか。私は少年と話がしたいのだ」
「お前は何を言い出すかわからねぇ」
「なら敢えて言おう。ニール・ディランディ。君は邪魔だと」
「なにぃ?!」
「まぁまぁ」
 ニールの肩に大きな手が置かれた。振り向くと、そこにはビリー・カタギリが立っていた。相変わらず奇妙な髪型だなとニールは思う。確か、アロウズの最高司令官のホーマー・カタギリの甥だった。
「今日はおめでたい日だから二人とも喧嘩はよしな、ね」
 ビリーは人を逸らさぬ笑顔を浮かべる。さすがビリー、如才ないな、とニールは思う。
「ビリー、ホーマー・カタギリは来ないのか?」
 ニールが訊く。ビリーは言った。
「うん。今日も出る予定だよ。仕事が終わったらね」
「アロウズの責任者だもんな」
「叔父さんの忙しさは想像を絶するよ」
「甥のお前は暇だけどな」
 グラハムの皮肉にビリーはにこにこと答える。
「まぁ、好き勝手させてもらってるという自覚はあるけれどね」
 こいつら、息の合った友人同士だな、とニールは感心した。
「まぁ、ご結婚おめでとうと言わせてもらうよ」
「はぁ……」
「別に俺達が結婚するわけではないのだがな」
「なぁに、刹那、俺達は既に結婚してるじゃないか」
「何だって?!」
 グラハムが気色ばむ。
「君達はもう結婚してるのか?! ――認めん! 認めんぞぉぉぉぉ!」
「ニール、グラハムは何を怒っているんだ?」
 刹那の疑問にニールは吹き出しそうになった。
「いいんだよ。俺達には関係ないことだ。じゃあな、ビリー。俺達も支度をしなければいけないから」
「ちょっと少年。そいつに近付いたら何されるかわからないぞ」
 グラハムが刹那を止めようとする。
「ふん。だってもうあれもこれもしちまった間柄だからな。俺達は」
「くそっ、ニールめ許さん!」
「もう、おじちゃまたち、さっきからうるさいの!」
 シャーロットの注意に、ビリーはごめんよ、と言い、グラハムは「おじちゃま……」と密かにダメージを受けていた。

 刹那とニールはジョン・フレミングにパーティー用の服を用意してもらっていた。ジョンは服の埃を取っている。因みに、この間のパーティーのスーツである。
「新調できたら良かったんだけどねぇ……せっかくの機会だから」
「構わない。ジョン」
 刹那は特に服にこだわらない。ニールはおしゃれであるという自負はあるが、今回の服に不満はなかった。
「でも、世紀のロマンスだよねぇ。CBの当主とクルジスのゲリラ兵――逆シンデレラじゃないか」
「グレンは人の光によって光る奴じゃない。己の光によって光るんだ」
「そっか。刹那君。君は――ええと、花婿グレンの友達だったよね。僕なんかよりグレン君に詳しいよね。グレン君、ちらっと見たけど、どこか君に似てるよね」
「それは光栄だな」
 装いを整えたニールと刹那が出てくると、そこには見覚えのある姿が。ニールは思わず叫んだ。
「ティエリア! アレルヤ!」

2015.7.17

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