ニールの明日

第百三十話

「私――もう少しここにいたいです」
「ソーマ……」
「ここは落ち着きます」
「ああ――だな」
 ソーマの言葉にアンドレイも頷いた。日の差す部屋。暖かい雰囲気。――ニールもソーマの気持ちがわかったような気がした。
「オールドマンさん。ここにいてもいいですか?」
「いいよ。君達の行動は君達が決めなさい」
 はくしゅん――その時、小さなくしゃみの音が聞こえた。
「シャーロット……」
「あ……」
 バレちゃった、という風に、物陰から四、五歳くらいの小さな女の子が出てきた。人形を抱いている。
「まぁ、可愛い」
 ソーマがシャーロットに向かって弾んだ声を出す。
「そこにねているおにいちゃん……ニールさんだっけ? ニールさんも、イノベイターなのね?」
 そう言ってシャーロットはベッドの上のニールを指差した。
「ああ、そうだよ」
 ニールも嬉しくて笑う。
「あたしもイノベイターなの。カールさん――ううん、しょちょうとよばないとおこられちゃう――は、あたしをイノベイターとよんだの」
「そうか――」
「ここには、前の所長をカールさんと言っても怒る人はいないよ」
 と、オールドマン氏。
「あたし、カールさんよりオールドマンさんのほうがすきだな」
「ありがとう」
 セリ・オールドマンはにこやかに返した。シャーロットはソーマ・ピーリスに近寄って行った。
「あたし、シャーロットっていうの。おねえちゃんはソーマさんだよね」
「そう。私はソーマ・ピーリスよ。宜しくね」
「あたしとおさんぽしない?」
「しよっか」
「うん!」
 そして、シャーロットはアンドレイの方も見た。
「やさしそうなお兄ちゃん、おなまえアンドレイっていうの?」
「そうだよ。僕はアンドレイ・スミルノフだ」
「アンドレイおにいちゃんもいっしょにいこう?」
 ――刹那がそわそわしてる。
 刹那も一緒に行きたいんだろうな。刹那とは長い付き合いのニールは思った。刹那は本当は子供が好きなのだ。
「シャーロット。刹那くんも連れて行っておあげ」
 セリ・オールドマンがそう言うと、シャーロットはとびっきりの笑顔で答えた。
「はあい!」
「こんな格好で構わないか? 寝間着だが――」
「いいよー。あたしだってネグリジェだもん」
 シャーロットが万歳をした。刹那も嬉しそうだ。この無愛想な青年が子供好きだなんて、どうしてセリ・オールドマンにはわかったのだろう。
 この建物内ではいいが外に出て行く時は一応着替えるように、と、セリ・オールドマンは念を押した。
 四人は出て行った。
「さてと――君はまだ寝てるかね?」
「いえ……もう楽になりましたし……ちょっと質問があるんですが」
「何だい?」
「さっきのあの薬は何ですか?」
「カール・リーガンの研究の成果です」
「カールの……」
 ニールは複雑な気持ちになった。
「カール・リーガンは評判は悪かったですが、私より優れた研究者でね……」
「でも、イノベイターを化け物と言ったり、そのう……」
「確かに、彼は人道上どうかと思われることも行ってきているね。しかし、彼の研究のおかげで、私達はイノベイターとは何かを素早く知ることができたんだよ」
「そんなことって――」
 ニールは、セリ・オールドマン氏に裏切られたような気がした。セリ・オールドマンは、掛布団をぎゅっと握っているニールの肩に手を置いた。
「この世には、絶対悪というものはないんだと思いますよ。ニールくん。それは、私も、人間としてはカールは好きではなかった。けれど、彼のおかげで救われた存在もたくさんいる」
「だけど――」
「この世には必要悪というものも大事です。なければない方がいいのかもしれないけれどね。ガンダム――そしてイオリア・シュヘンベルグの理論も必要悪だと私は思ってますよ。――武力による戦争根絶。私は素晴らしいと思っています」
 そう言って、セリ・オールドマンはにこっと笑った。
 何だろう、この気持ち――。
 ニールはセリ・オールドマン氏に反感めいたものを覚えた。
 ニールだってガンダムマイスターだ。武力による戦争根絶。確かにそれに同意して彼らは戦っていた。だが、それが本当に正しい道なのか――。イノベイターは目覚めた人類。
(ならば、その力を使って平和へと導くことが、俺達の使命ではないか)
 ニールはそう思った。
「どうも――この話は君には気に入らなかったようだね」
「え……まぁ……」
 この人も人の心を読むことができるのか? ニールはセリ・オールドマンを凝視した。セリ・オールドマンは言った。
「――私はイノベイターではないけれどね。ニールくん。今までの人生経験というものがあるんだよ」
「そうですか……」
「時代はイノベイターに味方しているのかもしれない。だから、私は喜んで彼らに協力させてもらうよ。そして――できれば彼らを傷つけたくない。カールのやり方が時代遅れになることを私も願っていますよ」
「ええ……」
「シャーロット達はどこへ行ったかな」
 セリ・オールドマンは窓辺に立つ。彼の長い白髪が靡く。窓から吹く風が心地いい。
 ああ――。
 ニールは思った。この人は、単純にいい人、というだけの男とは違う。いろいろな視野に立って、そして尚、皆が助け合えるような世界を作っていきたいと望んでいる者の一人なのだ。
 ニールはリボンズがこの男を抜擢した理由がわかった。
「さてと、何か食べ物を用意しようかね」
「あ……はい」
 ニールのお腹が盛大にぐ~っと鳴った。
 そういえば、パーティーでは何も食べれなかったな……。それについては、ソーマ・ピーリスに一言いいたいかもしれない。……冗談だが。
(帰ったらアレルヤの料理をしこたま食べよう)
 帰れたら、の話ではあるが。セリ・オールドマンはいつでも帰っていいとは言ったが、ニールには使命がある。
「セリ・オールドマンさん。ダブルオーライザーは知っていますか?」
「ガンダムを超えたガンダムだろう? 話には聞いている。実物は見たことないが」
「俺と刹那はダブルオーライザーのパイロットなんですよ」
「それはそれは」
 感心するように、セリ・オールドマンの目が細まった。
「ダブルオーライザーを返してもらうまで、俺達は帰れません」
「……リボンズにダブルオーライザーを取り上げられた訳かい? リボンズは手に入れるとなったらかなり強引な手段も使うらしいからなぁ……」
「オールドマンさんはニキータを知っていますか?」
 俺の話の展開の仕方も唐突だな、とニールは思った。だが、この老人なら聞いてくれるという安心感がニールにはあった。
「ニキータ」
 セリ・オールドマンは繰り返した。
「聞いた名だな。だが、年のせいか物忘れが激しくてなぁ……」
「俺達のせいで人質になった女の子です。俺はニキータはアロウズに攫われて不幸な目に合ってると思っていました。けれど、彼女は――とても幸せそうだった。カタロンの基地にいる時よりも」
「そうかい。世の中なんて案外そんなものかもしれないよ。利害関係も今日と明日ではどうひっくり返るかわからない」
 セリ・オールドマンは電話に近付いてメニューを言った。
「ああ。私だ。――ああ、ああ。あれは美味しかったねぇ。今日のご飯もとてもよくできていた。君達のおかげで私達は豪勢な食事を摂ることができる。ありがたいことだよ。そうそう。マンゴーのプディングは二人前頼む。え? そうだ。私も食べたいんだよ。君達のデザートを」
 セリ・オールドマンは電話を切ると、いたずらっ子のような顔で言った。
「私もお腹が空いたところでね。ここのデザートは絶品だよ」

2015.4.14

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