ニールの明日

~間奏曲12~または第百六十三話

「あ~あっ、つまんな~い」
 トリニティチームの一人、ネーナ・トリニティが伸びをする。
「何かここに誰か来るみたいだぞ」
 ネーナの上の兄、ヨハンが言った。
「えっ? ほんと? 男? 男?」
「女だ」
「なぁんだ」
 ネーナは舌打ちをした。
「おい、ネーナ。男だったらここにもいるだろうが。とびっきりのいい男がな」
 下の兄のミハエルが己を指差す。
「きょうだいじゃ結婚できないもーん」
「まぁ、そりゃそうだが……俺はネーナを嫁にやらんもんな」
「きゃっ、ミハ兄ったら」
「来たぞ。ガンダムエクシアだ」

 その後、トレミーはルイスの話題で持ち切りになった。――面白くないわねぇ、とネーナは思った。
 女なんて無視してやろうと思ったが、ここまで騒がれる存在がいるとなるとかえって気になる。取り敢えずは敵情視察、と、ネーナは医療カプセルのある医務室に向かった。フェルトがルイスの体を拭き終えて着替えさせた後だった。
「あら、鍵を閉めるのを忘れてたわ」
 フェルトが独り言を言った。
「誰……?」
 ルイスがネーナを見遣る。
 ネーナはルイスに近寄る。そして言った。
「アンタ……可愛いわね」
「は?」
「あたし、可愛い女の子嫌い。キレイな女も嫌い。キレイで可愛いのはあたしだけでいいの!」
 ネーナの言葉に、ルイスはぷっと吹き出す。
「だから、アンタも嫌い。ねぇ、フェルト。今からこの女宇宙に放り出してよ」
「――そういう訳にもいかないわよ」
「……私、ルイス・ハレヴィって言うの。あなたは?」
「あたし? ネーナ・トリニティよ」
 トリニティ……その名前を聞いた途端、ルイスは眉を顰めた。
「どうかしたの?」
 ネーナが訊く。
「ううん……どうもしないけど……」
「ま、いいわ。アンタ、うちの兄兄ズには手を出さないでね」
「兄兄ズ?」
「ヨハン・トリニティとミハエル・トリニティよ。今、この艦にいるの」
 フェルトがネーナの代わりに説明した。
「その通り。二人ともとてもいい男よ。あたしの兄なだけのことはあってね」
「ネーナ。この子にはもう決まった相手がいるみたいよ」
 フェルトが言った。
「へぇっ? 誰? まぁ、ヨハン兄やミハ兄には敵わないと思うけどね」
「沙慈……」
 ルイスが小声で恥ずかしそうに言った。
「沙慈! へぇ、アンタ沙慈が好きなの! あんなひょうろく玉!」
「黙ってて。ネーナ」
 フェルトがきつく言った。
「……はーい」
 ネーナが返事をした。フェルトを怒らせると怖いのは知っているからだ。
「大丈夫。沙慈はすごく優しいもの」
 儚げな笑みを浮かべたルイスに、ネーナは一瞬だけ見惚れてしまった。
「……どうしたの?」
「何でもないわ」
 ネーナは、ふい、と背中を向けた。
(ミハ兄、この娘に惚れそうだわ)
 気をつけないと。ミハ兄が取られちゃう。
 ――でも、沙慈がいることだし。
「まぁ、沙慈と宜しくやっといて。あたし、もう行く。それから鍵は閉めるの忘れない方がいいわよ。フェルト」
 部屋に戻ると、ミハエルが早速訊いて来た。
「どんな娘だ? なぁ、どんな娘だった?」
「ミハエル」
 ヨハンがミハエルを窘めた。ミハエルはひょいと肩を竦めた。ミハエルもこの兄には敵わないのだ。
「キレイな娘。あたし程じゃないけどね。それに、恋人いるし」
「恋人いたって関係ない。気に入ったら奪うだけだ」
「ミハ兄はいつもそうよね」
「まぁ、ネーナが一番だけどな」
「えへ。だからミハ兄好き!」
「その女の名前は何と言う?」
 と、ヨハン。
「ん? 女の名前なんていちいち覚えてないけど……ルイス・ハレヴィと言ったわね」
「ルイス・ハレヴィか……」
 ヨハンが難しい顔をした。
「どうしたの? ヨハン兄」
「――ん。何でもない。だが、何か引っかかってな……」
 ヨハンは顎に手を当てた。それが様になっている、とネーナは思った。ネーナは実はミハエルよりヨハンが好きなのだ。

 アンドレイ・スミルノフとカティ・マネキンはアロウズ本部の廊下ですれ違おうとしていた。
「マネキン大佐」
 アンドレイは呼び止めた。
「今回も――ルイス・ハレヴィ准尉は無事帰って来たでありましょうか」
「……どうしてそれを私に訊く?」
「…………」
 何となく気になったから――それと、嫌な予感がしたから……。
「まぁ、隠すつもりはなかったが……」
 カティが溜息を吐く。
「ルイス・ハレヴィの身柄はソレスタル・ビーイングに引き渡した」
「ソレスタル・ビーイング……」
 アンドレイが呟く。
「私が到らなかった――済まない」
「何で……大佐が謝るんです?」
「准尉が気になるのだろう?」
「――ええ」
 気になります。とても――だって、あの娘はここにいていい人じゃありませんから。
 アンドレイはそう言いたかったが、言えなかった。彼女はアンドレイとそんなに深い仲ではなかったから。
「懸想しているのか? 彼女に」
「懸想してるなんて、そんな……」
 アンドレイは慌てた。カティは口角を微かに上げた。
「隠さなくていい――アンドレイ、彼女は無事だ。きっとな。お前も彼女の無事を祈ってやれ」
 もちろんです、あの乙女の為ならば、命だって惜しくはない。――けれど、下手に動いてルイスを危地に陥れたくはない。
 アンドレイは、彼女の為に祈ることしかできないのかと内心歯噛みした。

2016.3.31

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