ニールの明日

第百六十六話

「あのな、刹那……」
 ニールが話しにくそうに言った。
「どうした……ニール?」
「あのさ、キスしていいか?」
「――勿論、何を今更」
「だよなぁ!」
 ニールは刹那の顎に手をかけ、上向かせた。そして唇を重ね合う――。ずっと、刹那とこんな美しい場所で口づけをかわしたかった。生まれたままの姿で――トレミーの中などだけではなく。
 この宇宙にはニールと刹那の二人しかいなかった。光がますます輝きを増した。

「わぁ、見てください、パパ。あの光、綺麗ですぅ」
 トレミーではミレイナが歓声を上げていた。
「――ああ、そうだな」
「ちょっと見てよ、ルイス。あれ」
「ちょっと、ネーナ、引っ張らないでよ」
「綺麗……」
 フェルトもぽつんと呟いた。

 それは、アザディスタンの王宮でも――。
「マリナ姫様、空気がさわやかですね」
「ええ、本当ね――」
 アザディスタンの皇女、マリナ・イスマイールが子供達に対して答えた。
 その時、空に緑青色の光を見た気がした。何だか目を逸らせない。緑青色の光――。
 綺麗なのに、何故か、どこか哀しい――。でも、それがいい。マリナはぼうっとその光の方を見つめ続けていた。その光が視界から消えてしまった後も――。
 マリナは自分が泣いているのがわからなかった。

 一方、宇宙では――。
 ティエリアの乗っているセラヴィーガンダムがニール達の元へ向かって来ていた。
 迎えに来てくれたのか、ティエリア――。
 そこで、ニールの記憶の糸がぷつん、と途切れた。

 気がつけば、医務室のカプセルの中だった。刹那が覗き込んでいる。
 ああ、刹那――。
 ニールはデジャヴを覚えていた。開発中のスペースコロニーの中で自分を助けてくれた、ジョー、ボブ、そして、ランス……。
 尤も、あそこに刹那はいなかったが。
 カプセルの蓋が開いた。
「ニール!」
 刹那が抱き着いた。
「おいおい。何だよ。こんなところで……大胆だな」
 ニールは苦笑している。だが、満更でもなかった。
(俺達、恋人同士だもんな)
「なぁによ、男同士で抱き合っちゃってぇ。ホモねホモ」
 ネーナがからかうような口調で言った。
「まぁ、二人とも美形だから許してあげるわ」
 ――そう続けて。
「刹那、ニールさんとは親密な関係なの?」
 金髪の乙女が目を丸くして言った。彼女もこの一対が振りこぼす蠱惑的な何かを感じ取ったらしい。
「ああ。その通りだ、ルイス。ニール・ディランディは俺の友人だ」
「おい、刹那。お前と俺は友人よりもっと深い仲じゃねぇか」
 ニールがニヤニヤしながらそう言った。
「まぁ……否定はできないな」
 刹那はおでこをぽりぽりと掻く。その様が何とも可愛らしい。
「ところでこの服は? 誰か着せてくれたのか?」
「何を言っている。君達は元々この格好だったぞ」
 ティエリアが言った。ティエリアも医務室に来てくれていたのだった。
 じゃあ、俺が、裸で刹那と抱き合ったりキスしたりしていたのは――夢?
(夢じゃない)
 途端に刹那の声が飛んだ。
(――刹那?)
(あれは、俺達の――精神世界みたいなところだ)
(そうか。まぁ、俺はいい想いをすることができて嬉しかったけどな)
(――馬鹿)
 刹那がぷいとそっぽを向いた。照れちゃってまぁ……。
(――刹那、悪くなかったぜ)
(ふん)
「アタシ達ね、すっごい綺麗な光見ちゃったんだから。そうよね、フェルト」
 ネーナが得意そうに言った。フェルトが頷いた。
「ええ……」
 と相槌を打ちながら。
「へぇ、そいつは見たかったな」
「ニール、それは多分俺達だ」
 と、刹那。ニールが叫んだ。
「ええっ?! そうだったのか! ――でも、そう考えると辻褄が合うな……」
「何ぶつぶつ言ってんのよ、ニール。――確かヨハン兄が映像を撮ってたわ」
「じゃあ、見せてもらおうか」
「ニール……動けるか?」
 刹那は少し心配そうだ。ニールが気を失ったところを見ていたかららしい。
「あたりきしゃりき! もう充分力が戻ってきたぜ。それに――」
(刹那と宇宙で抱き合えたもんな)
 刹那にテレパシーで語り掛けると、刹那が複雑な表情をした。どう言ったらいいかわからない。そんな表情だ。
 今度はもっと刹那にいい想いをさせてやろう。そんな不埒なことを考えているニールであった。

「ヨハン兄ー。刹那とニール連れて来たわよー」
 ネーナが自分達の部屋のドアを開けた。
「ああ、よく来たね」
「来なくていいいのに」
 ネーナの下の兄ミハエルが憎まれ口を叩いた。
「何だよ、シスコン」
「んだよ、ホモ」
 ニールとミハエルがバチバチと火花を散らす。
「ニールにミハ兄、喧嘩しないの!」
 ネーナの声が飛んだ。ミハエルは一旦引き下がると見せかけて、「覚えてろよ」と囁いた。ミハエルはやはりネーナに弱い。
「ほら、この映像。綺麗でしょ」
 ネーナが画面を指差した。そこには、輝く緑青の光が映っていた。
「本当はもっと綺麗だったんだが……」
 ヨハンが残念そうに独り言ちる。
「充分綺麗に撮れてるじゃなーい」
 ネーナが嬉しそうにテンションを上げる。
(この光の中心に俺達がいたんだな――)
 何となく嬉しくなったニールが心で刹那に語り掛ける。刹那は、「そうだ」と言いたげに首を縦に振って返事した。
 その時、人の気配がした。――何だろうと思ってニールが振り向くと、ドアが開いてイアン・ヴァスティの姿が現れた。

2016.4.30

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