ニールの明日

第百六十九話

「カタロンが――」
 周りはざわついた。その中で王留美は能面のような無表情をしていた。
「想像通りでしたわね。カタロンもそろそろ動くと思ってましたわ」
「――どちらにつくんだ? 留美」
 グレンが訊いた。
 今までCBはダブルスタンダードで何とかやっていた。そのつけが回って来たのだ。
 ニールも気にはなっていた。一同は固唾を飲む。ニールには……どちらにも友誼を深めた存在がいる。刹那にとっても同様だろう。
 CBはどちらにつくのか。
 クラウスやシーリンのいるカタロンか。
 ビリーやアンドレイのいるアロウズか。
 王留美達はしばらく黙っていた。
(刹那――どう思う?)
 早速ニールが刹那にテレパシーを飛ばす。
(俺は……俺も遅かれ早かれこうなるだろうとは思った)
(俺もだ)
(王留美がどんな選択をしようとも、俺は戦うだけだ)
(刹那――)
 ニールは悲愴感を覚えた。刹那とてまだ若い青年である。兵士として戦うには、実は無理をしていなかっただろうか。――しかし、彼は兵士として育ったのだ。
(お前――まだCBにいるのか?)
(ニール、お前がここにいるうちはな)
 刹那の思念は硬かった。
(俺は――今は行くところがない。それに、CBの仲間達と離れたくはない。それに――本当の敵はアロウズじゃない)
(――あの男か)
 ニールは刹那に目を遣り、他人にわからないように微かに頷く。
 リボンズ・アルマーク。自らをイノベイターと言った男。イノベイターの調査機関を作った男。
 本来なら、イノベイターとして覚醒した、或いはしつつあるニールには仲間のはずなのだが、ニールは何となくあの男を好きになれない。それでも、惹かれるところもないではないが。
 ――ニールが彼に対していい感情を持てないのは、ルイスのこともあるからなのだろう。
 やがて、王留美が、
「お静かに」
 と、皆を静めた。
「私はここに宣言します」
 王留美は声を張り上げて言った。
「私達、ソレスタル・ビーイングは、カタロンに味方すると」

 リボンズ・アルマーク機構――。
「あーん、あーん」
「怖いよぉ、怖いよぉ」
「みんな、どうしちゃったの?」
 シャーロットが困った顔をして子供達をなだめる。
「ねぇ、なにがそんなにこわいの?」
 シャーロットが年長の男の子に訊く。
「何だかわからないけど……怖いんだよ……」
「キィおにいちゃん。こわい、だけじゃなにがこわいのかわからないわよ」
 男の子はうっ、うっ、としゃくりあげるだけだった。
「パパ……」
「あなた……」
「取り敢えず落ち着こうか……我々に何らかの危機が迫っていることはわかる。子供達の方が感性が鋭いから敏感に感じ取っているのだろう……」
「パパ……」
 やっぱりこんなときに大人の落ち着きを見せるパパはかっこいいとシャーロットは思った。
「お茶……」
 シャーロットはぽつんと呟いた。
「お茶ね。わかったわ。淹れてあげる。お菓子もあるわよ」
「みんな、おかしだって」
 シャーロットが明るく振る舞ってみせても、誰も乗ってこなかった。普通なら、喜びの声が上がるはずなのに。それに、シャーロットも不安だった。
(ニールおにいちゃん、せつなおにいちゃん――)
 会いたい、けど、会えない。せめてテレパシーで語り合えないかしら。
 ニールおにいちゃん――!

「? どうした? ニール」
「ああ、刹那か……一瞬、シャーロットの声が聞こえたんだよ」
「それは空耳ではない。お前のセンサーが何か感じ取ったんだろう」
 シャーロットもイノベイターだからな――ニールは口元を歪ませる。
「シャーロット達……助けらんねぇかな。それから、ニキータも助けたい。ビリーも」
「お前には随分助けたいヤツが多いんだな」
「それから、アンドレイとソーマも」
 刹那の眉がほんの少し動いた。
「アンドレイは――お前を敵視している。ルイスのことで。誤解とはいえ――お前にはアンドレイの誤解を解けるのか?」
「うーん、殴り合いの方が性に合ってるかな」
 刹那は呆れたように沈黙した。ニールはそっぽを向いた。
「まぁ、できるだけやってみるよ――そうだ。ライル」
「何だよ。この忙しい時に」
「お前には――もっと早くこの目を見せたかった」
 そう言ってニールは眼帯を外した。
「兄さん、それ……」
「ん。なかなか男前だろ?」
「右目……治ったのか? 本当に?」
「ああ。でも、皆には一段落してから話すよ。イノベイターのことも。しばらくはビリーから借りたこの伊達眼帯で我慢しとく」
「兄さんが眼帯外したら、俺らのこと、誰も見分けがつかないかもな」
「――俺にはつくがな」
「刹那!」
 ニールが刹那に抱き着いた。
「お前にわかってもらえれば充分だぜ」
「いいんだけどさ、兄さん。そんなことしている場合じゃないと思うぜ。――王留美はしばらくカタロンとの話し合いだ」
 ライルが言った。
「ありがとう、ライル。俺達も臨戦態勢と行こうぜ。ダブルオーライザーを完璧に乗りこなすのは今のところ、俺と刹那しかいないからな」
「ああ」
 刹那はこっくんと頷いた。

「どこへ行くの? アリー」
 アロウズが提供しているアリー・アル・サーシェスの部屋で――。
 ニキータは寝そべっていた。アリーは服に着替えている。
「どうしたの? もう私の体には飽きた?」
「そんなはずねぇだろ。お前の体は一級品だ。――クルジスのガキと同じようにな」
「まぁ」
 アリーとニキータは啄むようなキスをした。アリーの体を知っているクルジスのガキ――刹那・F・セイエイにニキータは密かな嫉妬を覚えた。アリーに抱かれた自分の母についても。
「どこへ行くの?」
「戦場だ。俺にはそこしか生きる場所がない」
「そう……」
 ニキータはもうひと眠りしようとタオルケットを引き上げた。その時、子宮に違和感を覚えた。
(――――?!)

2016.5.30

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