ニールの明日

第百六十八話

「沙慈……」
 ニールは沙慈の方を振り向いた。今まで注意してなかったのだ。
「沙慈?」
 傍らのルイスも訊く。
「僕は――戦争は反対だ。戦争は普通の人間も簡単に死神にさせる」
 沙慈は震える体を握りこぶしを作ることで抑えようとした。
「僕はもう、死神になりたくはない」
「んなこと言ったってなぁ、沙慈」
 ライルの声がニールの後ろからした。
「それが戦争というものだよ。それに――お前さん、この間のガンダムでの戦いでは一人も死者を出してない。立派なもんだよ」
「ライルさん……」
「そうよ、沙慈」
 ルイスが静かに微笑んだ。儚い、という感じの笑みだった。
「戦争の中で、人々を助けたり、生かすことだってできるはずだわ」
「そう、お前の戦いは見事なものだった」
 ライルも同意する。
「でも、あれは初陣の時の反省が元だし――刹那にも言われました。自分なりに考えてみろ、と言うようなことを」
「確かに言ったな」
 刹那も認めた。
「そして、沙慈、お前はお前なりの結論を出したという訳だ」
「そうかな……でも、死んだ人々はもう戻って来ない……」
「沙慈、俺達だっていつかは死ぬ。だから、精一杯足掻こうじゃないか」
 人間の一生は星のようだ――誰かが言っていた。
 だからこそ、今を一生懸命生きようと、若いニールは思ったものだった。
 ――例え、それが戦争の道でも。
「沙慈……俺達は戦う為にここにいる。でも――それは世界を変革し、来るべき対話に備える為だ」
 刹那は一旦区切ってこう言った。
「――と、イオリア・シュヘンベルグなら言うのかもな。でも、沙慈、覚えておけ。答えはめいめいが出すものだと。戦うのが嫌ならそれで構わない」
「そうだな」
 ラッセ・アイオンの声がした。
「ラッセ――いたのか」
 ニールは目を丸くした。
「いたのかとはひでぇな」
 ラッセが笑う。このやり取りで、少しこの場の雰囲気が穏やかになった。
「いや、あの、すまん……」
 ニールは自分の茶色の癖っ毛を掻き上げた。
「ミレイナも、クロスロードさんの気持ち、わかるような気がするですぅ」
 ミレイナ・ヴァスティが言った。
「ミレイナも人を殺したくはないですぅ」
「ミレイナのことは私が守るわ」
 ルイスが言った。
「でも、今度はハレヴィさんが手を汚すことに……」
「――そうね。でも、沙慈が人を殺さない戦い方をしていると聞いてほっとしたの。だから、私も守る為の戦いをすることにしたわ」
「ハレヴィさんはいい人ですぅ。クロスロードさんが惚れるだけのことはありますぅ」
「え……?!」
「ちょ、ちょっと、ミレイナ……」
 沙慈とルイスは戸惑っているようだった。ライルが沙慈に近付き、バン、と背中を強く叩いた。
「照れてるんじゃねぇよ。お前ら」
「ふふ……あのお二方もなかなかいい仲のようですわね。そうでしょう? グレン」
 王留美の含み笑いが聞こえる。
「ん……まぁな」
 トレミーの中はいつもと同じような空気が流れるようになっていた。
 けれど――これは嵐の前の静けさかもしれない。ニールは思った。アロウズにはあのリボンズ・アルマークがいるのだから。
 早く平和が来て欲しいものだ。そう思う一方で、戦場での高揚感もニールは忘れていなかった。
 でも、今は刹那がいるから――。戦争がなくなったら、刹那と一緒に暮らしたい。ガンダム・マイスターもやめて……。
「ニール」
 ぽん、と肩に手が置かれた。ティエリアだった。
「ティエリア……」
「心配はいらない。俺達は負けない」
「そうだな――」
「僕はこの先もアレルヤと一緒に戦うが、お前らがこの後どうするかは、自分達で決めるといい」
 そうか――ティエリアも俺の心がわかるのか。
 刹那と……二人きりで過ごせたらどんなにいいか。ライルやアニューがいたって構わない。
 そういえば、ここにはアニューも来ているはずだ。あの薄菫色の長めの髪の美女が。ライルの恋人の女性が。
 刹那と自分は繋がっていると、ニールは考えている。ライルとアニューもきっとそうだ。ニールにはそういうのがわかるようになってきた。
 周りがざわついてきた時だった。
「俺は……戦いたい」
 グレンが呟いたのがニールの耳に届いた。そういえば、グレンはゲリラ兵だった。
(それを言ったらリムおばさんがまた悲しむんじゃねぇかな)
 ニールが密かに心の中で反対した。そして、自分の考えにびっくりした。
 俺は――今まで率先して戦ってきたくせに……。
 でも、今は守りたいものがある。刹那だ。
 グレンも王留美を守りたいだろう。けれど、グレンには砂漠の戦士の血もひいている。グレンの親のことについてはよくわからないけど、きっと、そうだ。
 平和を希求する者、戦いをしたいと願う者。
 人はそれぞれだ、とニールは改めて思った。
「ねぇ、あなた」
 リンダが言った。イアンに向かっての言葉であろう。
「私も――戦争には反対だけど……トレミーは戦う為の艦でしょう?」
 リンダの言う通りだった。トレミーも充分武装してある。いつだって戦場へと発進できるのだ。
 それにしても、リボンズは何を考えているのだろう。
 やはりアロウズとCBを戦わせようとしているのだろうか。
 あの男が黒幕なのは間違いない。リボンズ・アルマーク。あの男はいまいち読めない。
 アロウズにはビリーがいるので戦いたくはないのだが――。
 スメラギ・李・ノリエガが窓の傍に佇んでいる。ニールは近付いて行った。スメラギの意見が聞きたかった。彼女だって、ビリーとは戦いたくないのではないか。――それに、戦術予報士とはいえ、今のスメラギはあまり乗り気でないように見える。
「ミス・スメラギ――この騒ぎをどう思う?」
 ニールが訊いた。
「あ、ニール……!」
 スメラギは一瞬取り乱したようだった。
「ちょっとね……思い出していたの……」
「恋人のこととか?」
「ええ、まぁ……」
 スメラギみたいな女傑でも、恋する女としての顔があるのだ。恋は人を狂わせる。ニールもそうだ。
「でも……どんな結論に達しようとも、自分の仕事はちゃんとするから心配しないで」
「スメラギ……あなたは気丈だ」
「弱いままでいるのが嫌なだけよ。――エミリオが天国から見ていると思うから」
 スメラギも強くなった。もう、ビリーの家に転がり込んで飲んだくれたりはしないだろう。
「ニュースです! お嬢様! グレン!」
 紅龍が駆け込んで来た。王留美に対する呼び方が以前のものに戻っている。そう言えば、いつの間にいなくなっていたのだろうか。
「どうしましたの? 紅龍」
「カタロンが――アロウズに宣戦布告をしました!」

2016.5.20

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