ニールの明日

第百六十五話

「フリッツ! ヘルムート!」
 強い訛りのある大男が駆けて来た。
「ちっ。新たな追っ手か……!」
 ニールが舌打ちする。だが、赤銅色の肉体を持つ男の銃を持つ手は震えていた。
「貴様……よくも俺の仲間を……!」
 そして、刹那の心臓に焦点を合わせる。銃弾が発射される。
「刹那!」
 ――その時であった。刹那の体が粒子化した!
 ニールは目を疑った。そして、追手の男も。
「ば、ば、バケモンだ~!」
 そう叫んで男は逃げ出す。
「失礼な。人聞きの悪い」
「いや、俺もさ……今だけはあの男の言う通りだと思うぜ」
「ニール……嫌か? こんな俺は」
 刹那はほんの少し悄然とした。ニールは慌ててこう言った。
「んなことねぇよ。バケモンだろうがガンダムだろうが、刹那は刹那、だろ? それに、お前の持ってる不思議な特性のおかげで命が助かった。それでいいじゃねぇか」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
 刹那の頬がほんのりと赤くなった。――可愛い。ニールはますます刹那に惚れ直した。バケモンでも構うもんか!
「さ、今度こそ逃げるぞ」
「おう!」
 二人は喜び勇んで小型艇に乗り込んだ。

「逃げるさ」
 リボンズ・アルマークはリジェネ相手にチェスに興じていた。
「そうだね――まぁ、すぐ捕まるとは思うけど」
「僕の最終目標はアロウズのリーダーになることではない」
 と、リボンズ。
「じゃあ、何?」
「言わなくてもわかっているだろう? リジェネ・レジェッタ」
「まぁね」
「彼らにはどうしても逃げてもらわないと――チェック」
「まるで敵までチェスの駒のように動かすんだね。君は。――ヒリングは張り切るだろうね」
「あの子にもせいぜい頑張ってもらおう」
「……やれやれ。また僕の負けだな」
 リジェネが自分のキングの駒を倒す素振りを見せた。リザイン(投了)である。リボンズが言った。
「僕の勝ちだね。楽しませてくれてありがとう。リジェネ」
「何とでも言ってくれ。気分直しにお茶でも淹れて来る。リボンズも飲むだろう?」
「ああ、頼む」
 リボンズは窓の外を見た。緑の絨毯が広がっている。アロウズとCB。先にチェックメイトするのはどちらか……。

「あはははは! 逃がさないわよ!」
 ガデッサに搭乗したヒリング・ケアが高笑いをした。
 アレルヤとティエリアの乗った艇を攻めるも、アレルヤは卓越した操縦技術でそれをかわす。乗っている艇が小型であったことが幸いした。攻撃能力はないものの。
 ガデッサのGNメガランチャーが発する大威力長距離砲撃にも穴はある。アレルヤ達の機体はその穴を縫って進んでいく。
「むー……ちょこまかとムカつくヤツらね。でも、テクニックは認めるわ」
 本気でアレルヤ達を撃破しようとすれば、ヒリングの腕なら不可能ではなかっただろう。だが、ヒリングは些か飽きて来た。
「ようし、こうなったら――」
 ヒリング、今度は刹那とニールの機に狙いを定める。
「死んじゃいなさい! アンタ達!」
 そして――爆発音が轟いて、刹那達の小型艇が空に散った。
「あははは、あーっはっはっはっ!」
 ヒリングは狂ったように哄笑した。これで、リボンズの野望も達成される……そう信じて。――その時にはもう、アレルヤ達の艇はとっくに遠ざかっていた。

 ああ、何か、あたたかい……。
 ここは……天国かな……。
 アレルヤとティエリアは無事かな……。そして、刹那……。
「刹那!」
 ニールは目をかっと見開いた。
「目覚めたか。ニール」
 目の前には素裸の刹那が。ニールは思わず鼻血を吹いてまた倒れそうになった。
「お、お前……こんな時にまで誘っているのか? ということはここは天国……?!」
「別に誘っている訳ではない。気がつけばこうなってた――ニール、周りをよく見てみろ」
 光が彼らを覆っていた。青と緑の混じった綺麗な光……。
「これは……GN粒子?」
「多分な」
 言いながら、刹那は頷いた。
「この光が俺達を守ってくれた」
「そうか……いつぞやお前が言っていたのはこの光のことか?」
「ああ。それよりもかなり強力なものだが」
「綺麗だな……」
「ニール、俺達はもう……」
「人間ではない、そう言いたいのだろう? まぁいいさ。お前がイノベイターとやらになっても、俺の気持ちは変わらない」
「ニールも同類なんだが……」
「お前は裸も綺麗だよ。刹那」
「話を逸らすな」
「抱きたいぜ……」
「こんなところでは嫌だぞ」
「じゃあ、これで我慢だ」
 ニールは刹那をきつく抱擁した。
「ああ……幸せだ、刹那……」
 そこで、ニールはアレルヤとティエリアのことを思い出した。
「アレルヤとティエリアは?」
(――いるよ)
(君達も無事か)
 脳量子波が伝わってくる。アレルヤとティエリアだ。
(やっぱりお前らも無事だったか。まぁ、こんなことでくたばるヤツらじゃないとは思ってたがな」
(ニール、刹那。君達は……イノベイターになった。人間から、イノベイターに)
 ティエリアの良く通る美声が聞こえる。
(おう――それがどうした?)
(それはきっと、リボンズが追い求めている物だ。彼らには気をつけろ。二人とも。アロウズ――リボンズにとって君達は最重要人物だ)
 ティエリアの言葉に、刹那とニールはお互いの目を見交わし、頷き合った。
 リボンズはイノベイターを集めて研究しているくらいだ。自身もイノベイターだと告白した。
 人間とイノベイター。そこにはこれから様々な戦いが待っているに違いない。人間は劣等感からイノベイターを迫害するだろう。イノベイターは戸惑い、反撃するだろう。もう、彼らの戦争は始まっている。
 戦争――か。
 まさかこんな形の戦いの渦中に入れられるとは思いも寄らなかった。ニールはビリーの意見も聞きたかった。ビリーに質問しても、相手を困らせるだけだろうか。
 アレルヤは超兵として育てられて来たし、ティエリアはヴェーダの申し子だ。
 ニールと刹那。この二人は元は人間だった。
 リボンズは仲間を増やしたいのだろうか。それとも、完全なイノベイターになろうと思っているのだろうか。
 完全なイノベイター? 何でそんなことを考えたのだろうか。リボンズが完全体でないことは薄々気付いている。例えどんなに余裕を持って振る舞っているに見えるにしろ。それぐらいはニールにもわかっている。
 ニールは完全なイノベイターなどに興味はなかった。ただ、戦の最中で刹那の気高い精神を守り抜くことだけを考えていた。

2016.4.20

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