ニールの明日

第百六話

「ルイスに――?」
 沙慈はルイスの名前を口にすると思わず絶句した。ルイス・ハレヴィ。沙慈のかつての恋人。いや、今でも――。刹那が言った。
「どこで会ったか言おうか?」
「ああ……うん」
「リボンズ・アルマーク邸だ。俺達がゆうべ行ってきた」
「何だって?! それじゃ彼女は……」
「ああ。彼女はアロウズの手の者だ」
「何てことだ――」
 沙慈はずるずると床にしゃがみ込んだ。
「落ち込んでいる場合ではない。沙慈・クロスロード。それに、ルイスはお前のことを忘れてはいない。ルイスにお前のことを訊かれたよ。ルイスには、『沙慈は元気でいる』と言っておいた」
「それで――?」
「彼女は、『いい辻占ね』と言っていた。さぁ、立て」
 刹那は沙慈の腕を掴んで立たせた。
「ルイスを好きな男もいる。そのライバルの方が男前だったぞ」
「はっきり言うね。刹那は」
 それでも沙慈は力なくだが笑った。
「誰だい? 僕の恋敵は。――言いたくなかったら言わないでもいいけど。もしかしたら君ではないよね」
「冗談言うな。俺にはニールがいる」
「その台詞、ニールさんに聞かせてあげたいね」
「ふん……」
 刹那はそっぽを向いた。沙慈は思わず微笑んだ。
「冗談はともかく」
「冗談だったのか」
「僕だって冗談を言う時ぐらいあるよ。君が嬉しい時、笑うようにね」
「嬉しければ誰だって笑う」
「で、誰なんだい? 僕の本当のライバルは」
「――アンドレイ・スミルノフだ」
「アンドレイ……確か、セルゲイ・スミルノフの息子だね」
「ああ」
 刹那は真顔で頷いた。
「あいつはいい男だ。一目見て、わかった」
「――まさかアンドレイに一目惚れなんてことはないよね」
「俺を何だと思っている。沙慈・クロスロード。俺の恋人はニール・ディランディただ一人だ」
「――ごめん」
「謝らなくていい。普段の様子を見ていれば、本当に俺はニールに恋しているのか傍目にはわからないだろうからな。でも、ニールは俺の運命だ」
「運命の人、じゃなくて?」
「ああ。運命そのものだ」
 沙慈はふうっと息を吐く。
「刹那、本当にニールさんのことを愛してるんだね」
 刹那は答えなかった。しばらく黙っていた後、別のことを言った。
「沙慈。アンドレイの連絡先は知らないか?」
「え?」
「ほら、絹江がアンドレイ・スミルノフに接触したとか――なんかそういうの、ないか?」
「ああ。それだったら――ちょっと待ってて」
 沙慈は端末にデータスティックをセットした。『アンドレイ・スミルノフ』の名はなかったが、『セルゲイ・スミルノフ』の名はあった。
 早速、沙慈はセルゲイの端末に繋いだ。
「セルゲイさん。こんにちは」
「――誰だね、君は」
「沙慈・クロスロードと申します。その――ソレスタル・ビーイングの者です」
 アロウズとソレスタル・ビーイングは、以前は表立って敵対こそしていなかったが、互いに対抗意識を燃やし合っていた。密かに相手のことを敵だと認識し合っていた。
 そして、次々に起こった事件によって、アロウズとソレスタル・ビーイングの間には深くて暗い溝ができていた。
「沙慈・クロスロード……もしかして、絹江・クロスロードの血縁か?」
「はい――弟です」
「代わってくれ、沙慈」
「その青年は――」
「刹那・F・セイエイです」
「ああ。見たことがある。いろんなところでな」
「アンドレイ・スミルノフはいますか?」
「――今、家にいる。ちょっと呼んでくる」
 セルゲイは『アンドレイ!』と大声で呼ばわった。端末は持ったままらしい。
「どうしました? 父さん」
「刹那・F・セイエイから連絡だ」
「刹那――何だろう」
 アンドレイの顔が画面に映った。
「何でしょう。刹那・F・セイエイ」
 アンドレイはにっこりしながら言った。アンドレイも刹那に対して好印象を抱いていたらしい。
「刹那でいい」
「じゃあ、刹那。どうしてこんな時に連絡を? ――君達のおかげで、アロウズは大変なことになっている」
「さもありなん。だが、おまえまで俺達を敵視しているわけではないだろう?」
「どうしてわかる?」
「――勘さ」
 アンドレイはどうやら刹那に好意と警戒心を持ち合わせているようであった。
「沙慈から連絡先を聞いた」
「沙慈、とは?」
「おまえの恋敵だ」
「ちょっと待ってよ、刹那――」
 沙慈が慌てた。アンドレイは思わず、と言っていい笑いをした。
「それはともかく、用件は何だい?」
「おまえと友達になりたい」
「は?」
 ディスプレイの向こうでアンドレイが間の抜けた声を出した。
「刹那――」
 沙慈がたしなめようとしたが、刹那に睨まれると口を閉ざした。刹那はもう一度端末に向かって言った。
「恋人を作りたいなら、押して、押して、押しまくれ――ニールが昔言っていた言葉だ。俺には恋人はいるが友達は少ない。だが、恋人も友達も同じようなもんだろう」
「刹那ぁ……全然違うよ、それ」
 沙慈が世にも情けない声を上げた。
 アンドレイが吹き出した。
「ぷっ……あははははは!」
「何故笑う。アンドレイ」
「君は面白い人だな、刹那」
「よく言われる」
「僕も君のことが気になっていた。君のことをいろいろと調べもした」
「ほう」
「刹那。僕も君のことが気に入った。――だが、君はソレスタル・ビーイングのものだ。……俺を利用しようと近付いたのではあるまいな」
「生憎、そこまで器用な方じゃない。俺のことを敵だと思ったらいつでも殺せばいい」
「君が大人しく殺させてくれるとは思わないのだが」
「おまえも俺の性格を知っているようだな」
「この連絡の内容もアロウズに知れ渡っているはずだ。それでも君は構わないということか?」
「無論だ。だが、おまえの身の安全の方が俺は心配だ」
「そうだな――人質にくらいはされるかもしれない。いや、もうなっているようなものかもしれないけれど。――さよなら、刹那。君と話せて楽しかった。今度は友達として会おう」

2014.8.14

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