ニールの明日

第百七話

「刹那――あれは、きっと嘘だよ」
「何が」
 沙慈の言葉に刹那は軽く訊き返した。
「友達として会おうなんて――」
「わかってる。アンドレイとて馬鹿ではない。次会う時は敵だろうな」
「――だよねぇ」
「だが、それでも俺は友達だと思ってる」
 刹那が笑ったので、沙慈も微笑んだ。
「そうだね――嘘が本当になればいいだなんて、今初めて思ったよ」
「お前もルイスと会えるといいな」
「そうだね――ありがとう、刹那」
 その時、プルルルル……と室内電話が鳴った。
「はい。沙慈・クロスロードです。はい、はい」
 沙慈が受話器を置くと言った。
「今夜はパーティーだって。アレルヤさんが言ってた。僕も手伝いに行くよ」
「じゃあ、俺も行く」
 刹那は沙慈の後について行った。

「おー、刹那。沙慈も一緒か!」
「ニール!」
「どうした刹那、嬉しそうだな」
「ニール。俺はアンドレイ・スミルノフと友達になった」
「そうか……良かったな」
 ニールは刹那の黒い癖っ毛を撫でた。
「結構気が合ったみたいですよ。あの二人。ニールさんがいたら、妬いちゃうかもしれませんね……」
「へぇ……そいつは穏やかではないな」
 ニールは自分の顔がすっと能面のようになったのを自覚した。
「穏やかでないのはおまえの顔だ。――何怒ってる」
「別に怒ってなど――」
「嘘だ。おまえがそういう顔をしている時は、怒っている時だ」
「ははっ。刹那には敵わねぇな」
 ニールは普段の彼に戻った。刹那が愛おしい。大切にしたい。――だけど、ついやきもちを焼いてしまう。
(俺は、狭量かねぇ……)
「ニール。何か手伝うことはあるか?」
「アレルヤに訊いてくれ。俺は簡単なことしかできない」
「わかった」
「――今まで、アレルヤと一緒に買い出しに行ってた。もうすぐ――この平和も終わるかもしれないから」
 アロウズはトレミーに戦争をしかけてくるかもしれない。いや、ソレスタル・ビーイング全体に。
 ニールは囁いた。
「アロウズと戦争になる前に――おまえを抱きたいな」
 カッと刹那の顔が赤くなった。
「ニール! おまえは恥と言うものを知らんのか!」
 刹那が怒り、沙慈がくすっと笑った。
「冗談じゃない!」
 ――刹那は怒りながら言った。
「そう、冗談じゃない。――本気だ」
 ニールは壁にドンと手をついて刹那に迫った。
「あ、僕、アレルヤさんに何したらいいか訊いてきますから」
 ごゆっくり、という感じで沙慈は去った。
「ニール……」
「刹那……」
 二人は見つめ合い、口づけを交わす。
 ――コホン、と咳ばらいが聴こえた。ティエリア・アーデだった。
「よっ、ティエリア」
「よっ、じゃない。ニール。刹那も――そういうことは部屋でやってくれ」
「聞いたか刹那。部屋でだったらどんなハードなことしても構わないんだと」
「そうは言ってない」
「何だよ。ティエリア、おまえさんはすこぅし固過ぎるな」
「おまえが不真面目過ぎるんだ。ニール」
 刹那がティエリアの味方をした。ティエリアが勝ち誇ったように腕を組んだ。ニールが壁をかりかり掻いた。
「ふんだ。どうせどうせ、俺はただのエロい男だよ……」
「ほう。よくわかってるじゃないか」
「俺と二人きりの時はこんなもんじゃないぞ」
 ティエリアと刹那が二人がかりで責めてくる。
「まぁ、でも――」
 ティエリアが言った。
「ガンダムマイスターとしては有能な男だと思うぞ」
「ティエリア……」
「――俺も、ティエリアの言う通りだと思う」
 刹那もティエリアに同意した。
「刹那ぁぁぁぁぁ!」
 抱き締めようとするニールを刹那がさっとかわした。ニールは壁にぶつかり……鼻血を出した。
「せ……刹那……」
「……壁についた鼻血は拭いておけ。しみにならないようにな」
 ティエリアがニールに命じる。ティエリアは颯爽と椅子にかけていた上着を取って翻した。
「これからライルの特訓だ。あの男はかなり筋がいい。――兄貴と違ってな」
「おい、ティエリア……兄貴と同じくらいと言ってくんないかな、そこは」
「――そうだな。おまえも有能なガンダムパイロットだよ」
 ティエリアの言葉にニールがふっと笑った。鼻から出ている鼻血のせいでいまいち決まらないのだが。
「ありがとう、ティエリア」
「次はおまえ達の番だぞ。イアン・ヴァスティがガンガンしごいてやると言っていたからな」
「うひゃー。剣呑剣呑」
「というわけだから――覚悟しておけ」
 そう言い残して、ティエリアは去った。
「ニール……鼻血」
 刹那はティッシュをニールに寄越した。ニールはティッシュを鼻の穴に詰めた。
「サンキュー、刹那」
「いや……俺のせいなんだし」
「キスの続きは……後ででいいか? こんな鼻血姿じゃしまらねぇし」
「俺は別段気にしないがな」
「じゃあ、何でさっきは避けたんだ?」
「反射的――かな」
「反射的ねぇ……」
 まぁ、いっか。ニールは気分を持ち直した。こんな馬鹿やってられるのも、後少しかもしれないし。
「刹那――何があっても俺は、おまえを愛してる」
「――俺もだ」
「敵さん。今夜は攻めてこないといいな」
「まだ大丈夫だろう」
「どうしてわかる。刹那」
「――勘だ……というのは置いておいて、アロウズもいろいろ用意があるだろう。こっちもやらなければならないことはあるがな。まぁ、トレミーはいつでも戦闘状態に入れる。だから、パーティーなんてのんきなことを言ってられるんだ。――或る意味感謝しないとな。雑巾持ってこよう。壁の鼻血を拭く為に」

2014.8.25

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