ニールの明日
第百二十四話
刹那が続けた。
『――アリーがニキータに手出しできない理由がある』
「……大将とやらに止められてるんだろ?」
ニールが、アリーに見事にしたやられた悔しさから舌打ちをした。
『そればかりではない』
「じゃあ、何だ?」
好奇心を刺激されたニールは体を起こしてモニターに顔を近づけた。
『アリーはニキータに惹かれている』
「――何だって?!」
ニールが素っ頓狂な声を上げた。
「まだ会って一日も経ってないんだぞ! あの二人は!」
『一目惚れと言うこともある。ライルとアニューのように』
「…………!」
ニールには何をどう言っていいかわからない。
「ニキータがアリーに惹かれているというのはわかる。だが、アリーがニキータに惹かれているというのは……」
『ニール、アリーは一人の人間だ。しかも孤独な』
「だからって……」
『アリーはニキータに頼っている。あいつにニキータは殺せない』
「待て。刹那。どうしてそんなことまで知っている」
『――勘さ』
それだけか? 本当にそれだけなのか?
刹那はアリーの元にいたことがある。アリー・アル・サーシェス。刹那は彼のことはニールより詳しいだろう。
(アリーのことについては、お見通しってわけか? 刹那……)
ニールは頭にかっと血が上った。
「おまえの方が俺よりアリーとの付き合いが長い! つーか、俺はアリーのことはおまえほど知らない! おまえはアリーのことなら何だって知ってるんだろうな!」
『どうした、ニール。何を怒っている』
「怒ってなんかない!」
『――いや、怒っている』
ニールは、刹那の無表情な顔を見て大きく吐息をついた。
「そうかもな――興奮して悪かった」
ニールは背もたれにもたれかけながら、右目の眼帯に手をやった。
もう全然痛くない。痛みの感覚も麻痺しているのだろうか。時々古傷が痛むこともあるが。しかし、このところ調子は頗る良い。
『間もなく着くぞ』
新たなモニターがついて、アリーの声が聞こえた。アリーが得意になっているように、ニールには思えた。モニターの画面が消え、アリーのチェシャー猫じみた顔も消える。
そこは、アロウズの領地内であった。
アロウズ、か――。
地球連邦政府直轄の独立治安維持部隊。
ここにアリーの言う大将がいる。
アレルヤもこのアロウズに囚われていたことがある。数年も囚われて、無事生還したアレルヤの精神力と生命力には目を瞠るばかりだ。
(やはり、アロウズが一枚噛んでいたか――)
ということは、アリーの言う大将というのはまさか――!
(リボンズ・アルマークか――!)
ヨハンは、リボンズがアロウズの真の黒幕だと言っていた。王留美もそのことを知っていたらしい。
『ニール……アリーの言う大将というのは、リボンズ・アルマークのことだ』
「そのようだな――」
ニールは、刹那の冷静な言葉に頷いた。
『俺とティエリアは、リボンズ・アルマーク邸から命からがら逃げ出したことがある』
「ああ――あん時か。ティエリアとおまえがアルマーク邸に潜入した時の」
『あの男は――危険だ。もしかしたら、アリーよりもな』
モニターに向かって、ニールは黙って首を縦に振った。
刹那とニールが操縦するダブルオーライザーは、地上に着陸した。
アリーとニキータも、アルケーガンダムから降りる。
廊下に足音が響く。
アリー・アル・サーシェス、ニキータ、ニール・ディランディ、刹那・F・セイエイの四人の足音だ。
目的地に着いたらしい。アリーが言った。
「開けてくれ。大将」
部屋のドアが開いた。
観葉植物に取り囲まれたリボンズ・アルマークが、優雅にお茶をたしなんでいた。
「君達もいかがかな。とても美味しい紅茶だ」
メイドが紅茶を淹れてくれた。ちょうど四人分。
「君は下がっていてくれ」
「はい」
メイドは部屋から出て行った。
「さぁ、席についてくれ。みんな。――殺風景なところで悪いね」
リボンズの言葉に、四人はソファに座った。
ニールは湯気を立てている紅茶カップを見つめる。
(毒でも入ってんじゃねぇだろうな)
ニールが躊躇していると、ニキータはくうっと飲み干した。そして、彼女は言った。
「美味しいです。ありがとうございます」
「もう一杯飲まないか?」
「はい」
ニキータが笑う。リラックスしているようだ。笑顔がこんなに人を和ませる娘だとは知らなかった。
(なるほどね――アリーも惚れるかもな)
ニールは刹那のさっきの意見に少し納得した。
「大将――ニールが飲もうかどうか迷ってますぜ」
アリーが嘲笑した。
「大丈夫。毒は入っていないからね。ついでに言えば自白剤も睡眠剤も入っていないよ」
リボンズは艶やかな様子で言った。ニキータもくすくす笑いをする。
「ニキータ。僕が淹れてあげよう」
リボンズはポットを傾けてお茶を注いだ。
「おや、もう終わりか。お代わりいる人はいるかな」
「俺は酒の方がいい」
アリーが言う。いかにも彼らしい意見だった。
「あんまり飲むと体に悪いよ」
「大将。ニールと刹那を連れてきたぜ」
「ご苦労様。サーシェス」
「どういたしまして」
(リボンズ――油断のならない男だ)
さっきから全然隙を見せない。刹那の方を見る。刹那は茶を口に含んで嚥下する。それでやっと、ニールもお茶に口をつける気になれた。
「ダブルオーライザーで来てくれたんだね」
「それがおまえの要求だったからな」
と、刹那。リボンズは艶然と刹那に微笑みかけた。
「アリーから訊いたんだね」
「ああ。アリーは謎めかしていたが、多分、大将というのはアンタじゃないかと思っていた」
「大した勘だ。刹那・F・セイエイ」
「おまえ以外にこのようなことをする男を俺は知らない。リジェネはどうした?」
「今、会わせてあげようか? でも、リジェネは君達が嫌いだからね。急に銃を向けられても構わなければ」
「大将、俺は自室に下がらせてもらう。早く飲め、ニキータ。俺の部屋へ連れてってやる」
アリーが言った。リボンズが「どうぞ」と答えた。ニキータが一気にカップの中身を飲み干した。
2015.2.13
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