ニールの明日

第百二十五話

(そういえば、グレンにも初対面の時、銃を向けられたことがあったな――)
 ニールが懐かしく思い出す。リジェネとやらに会った時も、やはりリボンズが言う通り銃を向けられるのであろうか――。リボンズが訊いた。
「ニール・ディランディ? 何をそんなに緊張しているんだい?」
「敵の本拠地に来てリラックスもないだろ。何が目的だ」
「簡潔な男だね。君は」
「刹那に似てきたんだよ」
「じゃあ単刀直入に言おう。ダブルオーライザーを渡してくれないか」
「却下だ」
「断る」
 ニールと刹那が同時に言った。こんな場面でもなければ、ニールは吹き出していただろう。
「けれど、あれは僕の物だ」
 リボンズも譲らない――と思われたが。
「――まぁいい。もうひとつ、話があるのだが」
 彼は話題を変えた。
「何だ?」
「刹那・F・セイエイ。ニール・ディランディ。アロウズに来ないか?」
「冗談を」
 ニールが鼻で嗤った。リボンズが言った。
「君達に見せたいものがある。考えるのはそれを見てからでも遅くはないだろう?」

 アリー・アル・サーシェスの居室は、本人の性格を窺わせるかのように殺風景であった。勿論、アリー自身はそんなこと気にも留めないが。
 ベッドがひとつ、タンスがひとつ。カーテンは無地。
 リボンズのプライヴェートルームとは好対照である。
「こっちに来ないか? ニキータ」
 アリーがベッドに座って手招きする。ニキータはタンスの上の写真を眺めている。
「どうした? そんなものが面白いか?」
「ねぇ、アリー……私の顔を見て、誰か思い出さない?」
「……誰か?」
 そういえば、好みだった女に似てないこともない。
「私、あなたの娘なの」
「……へぇ」
 心当たりがないわけではない。あり過ぎるのだ。男とも女とも散々経験したアリーにとっては――。
「いちいち子供の数なんか覚えちゃいねぇよ」
「――私の顔を見て」
 ……アリーはニキータの顔をじっと見つめた。在りし日の若い女の面影の記憶と重なった。
「イゼベル? イゼベルの娘か!」
 アリーは膝を打った。ニキータは肯定するように頷いた。
「懐かしいぜ、その気の強そうな顔。あいつは元気にしてるか?」
「死んだわ」
 ニキータは一言で答えた。
「そうか……ま、人間いずれ死ぬわな」
「お母さんはいつも、アリーの写真を私に見せてくれた。『これがあなたのお父さんよ』って。だから、アリーを見た時、すぐにわかった。あなたが私の父親だってこと」
 ニキータは淡々と述べる。
「ふぅん、で、何で俺に近付いた?」
「ずっと――アリーを待っていたの。アリーの名が聞こえた時、この再会は運命だと思ったわ」
「じゃあ、俺はおまえを殺せねぇな」
「どうして?」
「娘を撃つほど非情な親ではない。クルジスのガキは親を殺したがな」
「――刹那が?」
「ああ、あれだけ非情になれるたぁ、大したもんだよ」
「刹那にできて、あなたにはできないの?」
「今はな。だが、おまえが俺の野望の邪魔になるのなら――殺してやるさ。いつだって」
「ええ。殺して。アリー」
「その前に、何かやることはねぇか? 親として特別に叶えてやってもいいぜ」
「アリー……」
 ニキータはもじもじした。
「あのね、アリー……あなたのこと、一度でいいからお父さんって呼んでみたい」
「――お安い御用さ」
「……お父さん」
 その一言が、ニキータの感情の導火線に火をつけた。ニキータはアリーに抱き着く。
「お父さん、お父さん!」
 彼女の涙腺から涙があとからあとから流れ出てくる。涙でぐちゃぐちゃになった顔のニキータに、アリーは深い口づけをした。

 リボンズ・アルマーク機構――。
 刹那とニールとリボンズを乗せた車が駐車場に止まった。
「ありがとう。ここからは歩くよ」
 リボンズが運転手に礼を言った。無表情な運転手だった。
「何だ? ここは」
「僕の経営する研究機関だよ。おいで」
「従うしかなさそうだな」
(ああ)
 刹那の声が直接脳に響いたような気がして、ニールはびくっとした。
「刹那、おまえ、何か言ったか?」
(言った。口に出してではないが)
 まただ。また脳内に響き渡る、声。
(おまえ――俺の心が読めるのか?)
(まぁな――嫌か?)
 ニールは少し考えてから、脳内で答えた。
(嫌ではない。刹那が相手なら)
(――ありがとう)
(でも、いつから?)
(忘れた)
 昨日? そんな昔のことなんか覚えていない――20世紀、大昔の映画『カサブランカ』に出てくる一節だ。確か、そんな感じの台詞だ。何故かそれが頭に浮かんだ。
(まぁ、そんなことは重要なことではないな。俺とおまえはテレパシーで繋がっているんだな。――嬉しいぜ)
(そうか)
(こうやって連絡を密にしておけば、リボンズの裏をかけるかもしれないな)
(――ああ)
(それにしても――だから、おまえさんはこの頃勘が良くなってきたんだな)
(…………)
 刹那はそれには応えなかった。 
 若草色の短髪のリボンズの頭が先を行く。
(しかし、ここは何の研究をしているんだ?)
(――黙って)
 刹那の言葉に、ニールは考えるのをやめた。声なき声が頭の中に渦巻いている。パンクしそうだ。ニールも我慢するので精いっぱいである。
「大丈夫か? ニール」
「ああ――ちょっと具合が悪くなっただけだ」
(心配するな。俺も慣れるまでそうだった)
 刹那が労わってくれる。刹那の声は不思議と不快ではない、どころか癒される。今まで刹那は雑多な声を頭の中に抱えて一人で耐えてきたのだろう。それを思うと尊敬せずにはいられない。
「やあ」
 まだ若い青年が挨拶をする。彼はリヴァイヴ・リバイバルと名乗った。

2015.2.23

→次へ

目次/HOME