ニールの明日

第百二十三話

 アリーとニキータはディープキスを堪能する。
「アリー……」
 ニキータの瞳が潤む。
「刹那とニールを……殺さないでね」
 アリーに惹かれているとはいえ、ニキータは心優しい少女であった。
 何故だろう……そんなニキータが好きだ。
 今までアリーは数々の女と付き合ってきた。しかし、自分を真っ直ぐに信じてくれる女にはついぞ出会わなかった。
(今だけだ……ニキータ……お前が純粋でいられるのは)
 彼女を殺そうかとも思った。でも、それだとニキータの思う壺になる。
 厄介な女だよ。ガキのくせに。全く。
 でも、そこが魅力で――。アリーは手を伸ばしてニキータの頭をくしゃっと撫でた。
「アリー?」
「刹那とニールは来るよ。俺が保証する。だから、俺はあいつらが嫌いなんだ」
 アリーは渋い顔をして見せた。笑顔を浮かべたニキータとは対照的であった。
「――何だよ」
「アリーって面白い」
「面白い……か。嬢ちゃん、アンタは世間をまだ知らないね。とりわけ男ってヤツをな」
「アリーが教えてくれるんでしょう?」
「ちげぇねぇ」
 ここはコックピットの中だが、あの行為をニキータにも教えてやろうかと思った。
 ――その時、ダブルオーライザーが来た。

『早く……早くしないと……』
 モニター画面の中で刹那がぶつぶつ呟いていた。ニールも気が気ではなかった。
(早く人質を助けないとな)
 ニールは思った。ストックホルム症候群にニキータが陥らないとも限らない。――アリーは敵の目から見ても魅力のある男だ。もしニキータがアリーに惚れたら……。
(その時は――どうなるかな)
 ニールの操縦桿を握る手が汗ばんできた。
「見えたぞ」
 カタロンの中東支部だ。データは送ってもらっているので、どこに着陸すればいいか、大体のところはわかる。
「あれ、グレンとダシルじゃね?」
『本当だ』
「グレン! ダシル!」
 ニールが二つ目のコックピットから呼ばわった。
「ニール、刹那もいるのか?」
 と、グレン。
『ああ』
「ありがとう。来てくれて。俺達では――ニキータを救えなかった」
「仕方ねぇよ。あいつは俺がこてんぱんにのしてやる!」
「お願いできるか?」
「あたぼうよ!」
 ニールは左手の拳骨で右手の掌を叩いた。
「アリー……あいつ――殺さなきゃ気が済まねぇ。だろ? 刹那」
『……ああ』
 モニターに浮かんだ刹那の顔には覇気がなかった。元々彼は無表情な方だったが。
「しけた面すんなよ。俺はやると言ったら必ずやる」
『――アリーもそういう男だった』
「……一緒にする気か?」
 刹那の台詞にニールはむくれた。
『いや、違う。アリーは一筋縄ではいかない男だぞ』
「そうだな――」
 じわり、と脇から冷汗が伝う。
 アリーひとりでも大変なのに、どうやら彼の後ろには黒幕がいるらしい。
(誰だ。大将ってヤツは)
 いずれわかる――とアリーは言った。ただの一山いくらの男ではアリーは扱えない。ましてや、言うことをきかせることさえ――。
 アリーは大将という人物を守ろうとしているふしがある。
 刹那――おまえは俺が守ってやる。だから、俺にもっと頼れ。
 ダブルオーライザーが地面に着地した。

「おう、来たな」
 パチパチとアリーが手を叩いた。
「何だ、あれ」
『――ガンダムだ』
「あれがぁ?」
 刹那の簡潔な説明にニールが素っ頓狂な声を上げた。ガンダムにしては――機体が変わってい過ぎる。でも、そこが何となく人を魅了する。
「ご挨拶だな。こう見えても俺の愛機だ」
 アリーが言った。だが、そんなことはどうでもよい。
『ニキータを返せ』
 涼やかな声を張り上げて刹那が人質返還を要求した。
「うーん。おまえら、俺の言うことをきくか?」
『――きく。だから、ニキータを返せ』
「だとよ。ニキータちゃん」
 ニキータは赤毛の長い髪をなびかせながら、アルケーガンダムのコックピットから伝えた。
「私は行かないわ」
「何だって?」
「私は行かない。アリーと一緒にいる」
 ああ、やっぱり――。
 ニールの想像の通りになってしまった。そして、おそらく、刹那の想像通りでもあろう。
 アリーはニキータにフレンチキスをした。
「こいつは俺の女だ。返すわけにはいかないね」
「なにをぉ?」
『しっ!』
 何かを言いかけたニールを刹那がモニターの向こうから制した。
「おまえらが来てもニキータは行かない。だが、おまえらには俺と一緒に来てもらう」
「話が違うじゃねぇか!」
「――俺は生まれながらの悪党なんでね」
 アリーがニヤニヤしている。
「もし、来なければニキータは殺す。いいだろ? ニキータ」
「ええ。いいわ」
 アリーとニキータは見つめ合う。
「何て……何て卑劣なヤツだ」
 そう言いながらもアリーを心の底から憎めないのは、彼の行動が何となくニールの心にかなっているからだ。ということは、ニールもアリーの同類だからだろうか。
(昔、俺は刹那を殺そうとした)
 今はそうではない。むしろ、命をかけて守る、と誓うことができる。この世の森羅万象に向かって。
 アリー、貴様はどうだ? ニキータは俺にとっての刹那みたいな存在になれるのか?
「――わかった」
「よし、ついてこい」
 アルケーガンダムのコックピットが閉じられた。何となく不安を覚えながらニールが視線を遠くに飛ばしていると――刹那が喋る。
『大丈夫だ。ニール。今はアリーはニキータに手出しできない』
 そう願いたいね、とばかりにニールは再び操縦桿を握った。

2015.2.3

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