ニールの明日

第百二十六話

「リヴァイヴ・リヴァイバル……」
 刹那が繰り返した。
「宜しく」
 リヴァイヴが手を差し出した。刹那はその手を取った。
 アニューに似てる……。
 ニールの第一印象はそれだった。
 アニュー・リターナー。ニールの双子の弟、ライル・ディランディの想い人――もう両想いになった感じだが。
(ニール、やはりおまえもそう思うか?)
 脳内に刹那の声が聞こえた。
(そうって?)
(この男はアニュー・リターナーに似てる)
 薄菫色の髪といい、アニューを男にしたらこんな感じであろう。――ニールはぶるっと震えた。それは、アニューともリヴァイヴという男とも関係のない理由からであった。
「ニール?」
「ん?」
(どうして震えている?)
 耳から鼓膜を通して聞こえる声と、脳内に直接響き渡る声。
 ――ああ、もう、我慢できないっ!
「ニール……」
(わり、刹那……これは嬉しくて震えているのさ)
(嬉しくて?)
(ああ――おまえと以心伝心で繋がっているかと思うと)
(そんなことが嬉しいのか。変な奴だ。おまえは)
 ――しかし、変な奴と言いながらも、刹那は嬉しそうに口角を上げていた。
(何とでも言え)
 その時――何かが……何かとは言えないが、微かな信号みたいなのがニールの頭を過った。
 ――気のせいか。
「リヴァイヴ、あの男は連れてきたか?」
「――連れてきました」
「そうか。なら帰っていい。ご苦労だったな」
 リヴァイヴはその場を去った。
(あの男って誰かな?)
 刹那は知っているかと、ニールは刹那に聞いた。
(そこまではわからん。俺だって千里眼じゃない)
(大将の正体は当てただろうが)
(――勘だ。だが、リボンズのことだ。何か企んでいるに違いない)
 三人の足音が響き、ある扉の前で止まった。リボンズがタッチパネルを操作する。ウィーンと扉が開いた。
 意志の強そうな若い青年がリボンズ達に対して敬礼した。
(――アンドレイ!)
 刹那の驚きの声がニールに届いた。
(知り合いか?)
(ああ。前にも話したかもしれないが、アルマーク邸のパーティーの時にルイスと一緒にいた……)
(ルイスって、ルイス・ハレヴィか……その時ルイスと一緒にいた青年が何故ここにいる)
(わからんが、悪い予感がするな……)
「リボンズ・アルマーク様……」
 アンドレイ・スミルノフが呟いた。リボンズが鷹揚に頷いた。
「そちらの方々は――」
「刹那・F・セイエイに、ニール・ディランディだ」
「刹那――」
 アンドレイの瞳に、懐かしさが点った。
「セリ・オールドマン氏が待っている。急ごう」
 リボンズが言った。
「はっ!」
 アンドレイが応えた。
 刹那もニールも、言葉でも心の中でも、何も言わずにただリボンズとアンドレイの後をついて行った。さっきの騒擾が嘘みたいに静かだ。若干無機的な感じもする。――そして、少々不気味だ。
「ここはイノベイターの調査研究機関だ。君達もきっと気に入ると思う」
 リボンズが唐突に口を開いた。
「さぁ、ここだ」
 扉が開くと、白い髭の老人が出迎えた。
「初めまして。――セリ・オールドマンです」
 何となく、人の好さそうな感じだ。好々爺と言ってもいい。
(刹那――)
(油断するなよ。ニール。どんな人間かわかったもんじゃない)
 ニールは刹那と久々にコンタクトを取ったような気がした。だが、実際は十分と経っていなかっただろう。
(そうだな――)
 だが、セリ・オールドマン氏からは、害意や敵意と言ったようなものは一切見当たらなかった。
「この機構の所長だ。以前は別の男が所長だったが、ここにふさわしくなかったので更迭した」
 リボンズが説明した。
「私は、初めてここに来た時、これは酷いと思いましたね。何と言うか――ここにいる方々は生気がなかったというか――」
「オールドマン氏がそれを一掃してくれたよ。おいで。何も怖いことはないから」
 リボンズが手を差し出した。
「何も怖がってなど――」
「ニール、リボンズは多分俺に言ってるんだ」
「そうだ。刹那。――僕はニールにも注目しているがね」
「…………」
 ニールは黙った。だが、心の中で刹那には話しかけていた。
(どういうつもりだろうな。リボンズは)
(さあな。ただ、これだけは言っておく。ニール――こいつらが俺達を脅かすようだったら――おまえだけでも逃げろ!)
(馬鹿言うな! おまえは俺の――相棒だろ? それに、俺一人でどうやってダブルオーライザーを動かすんだ)
 ダブルオーライザー。この単語の表す効果はてき面だった。
(悪い。ニール)
(どういたしまして)
 部屋の中は眩しいくらい明るかった。
 幸せそうなイノベイター達――みんなが楽しげに笑っていた。
 何だ? ここは――。
 ニールも首を傾げずにはいられなかった。てっきり実験室のような部屋を想像していたのだが――。
「何か言いたそうだね。ニール」
 親しげにリボンズが訊くのも気にならなかった。
「ああ――俺らの案内されるところは、もっと暗いところかと思っていたが――」
「カールが所長の時はそうだったよ」
 リボンズがこともなげに話した。
「ここのことはセリ・オールドマン氏に任せている。どうかな。気に入ったかな?」
「気に入る入らないはともかく、随分明るい場所だな」
「あ、オールドマンさん!」
 子供が駆けてきた。
「見て見て。ボク、アルファベット全部書けたよ」
「それは良かった」
 オールドマンが子供の頭を撫でてやる。子供達がわっと寄って来た。
 ここはどこだ――? 俺達はカタロンの基地にいるのではないか? そして、この子達は基地にいる孤児達で――。それぐらい、カタロンの基地で初めて子供達と会った時の印象に似ていた。あそこより明るいかもしれない。
(ニール。……俺は一瞬もう少しで心を許しそうになった。どんなに疑っても疑いきれない相手なのに。――ガンダムマイスター失格だな)
 わかるよ、とニールは刹那に視線をくれた。――俺だってそうだからな。

2015.3.5

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