ニールの明日

第百二十七話

「あ、この間のお兄ちゃんもいる!」
 一人の女の子がアンドレイに寄って行った。
「僕はアンドレイだよ」
「アンドレイ……アンドレイお兄ちゃんて呼んでいい?」
「ああ」
 アンドレイの声音は限りなく優しかった。
「イノベイターの子供達は心を読むことがあります。秘密にしておきたいことはあまり考えない方が無難でしょう」
 オールドマン氏が言った。
「オールドマンさん……あなたは心を読まれて平気なんですか?」
 と、ニール。
「慣れてますから」
 オールドマン氏はにっこり笑った。ニールは何となく心がほっとするのを感じた。この人は人を和ませる。だから、子供達もこの男を好いているのだろう。
「オールドマンさん。勝手に心を読んじゃダメなの?」
「読まれたくないとその人が思っている時はね。ただ、君達が心を読んでいるかいないかは、私にはわからないところもあるからね」
「ボク、勝手に人の心読まないようにする!」
「あたしも!」
 わいわいと子供達が誓い合う。
「――いいとこだな」
「ああ」
 ニールと刹那はそう言って頷き合う。オールドマン氏の人徳であろう。
「そうそう、私はただの人間だから、人の心を読むことはできない。安心していい」
「はい!」
 刹那が声を張り上げて返事をした。ニールが苦笑しながら刹那を肘で小突く。
「お兄ちゃんたちは、なまえ、なんていうの?」
 一人の少年が首を傾げながらニール達に尋ねた。
「なんか、楽しそうだね」
「俺達は仲間だからな。――俺はニール・ディランディ」
「俺は、刹那・F・セイエイだ」
「ニールお兄ちゃんに――刹那お兄ちゃん?」
「そうそう」
 ニールが笑うと、少女たちがぽーっとなった。
 ニールにはリヴァイヴとアニュー・リターナーが似過ぎていることに対してある疑いがあったが、ここではあまりそのことは考えないようにした。
「大人達はマナーが出来ているから、勝手に心を読むことはしないと思うけれど」
 と、オールドマン。
「あら。私達だって、オールドマンさんに内緒で心を読むことはできるんですよ」
 上品な長い髪の毛の女の人が言った。
「エリーゼ、私は君を信じているよ。それに、読まれても困るような秘密など、私にはないからね」
「まぁ……」
 女性はころころと笑った。
「セリ・オールドマン。彼をここの所長にしてよかったよ。イノベイター……カールによれば『化け物』という存在であっても、幸せになる権利はあるからね」
 リボンズが呟くように言った。
「ふぅん……」
 ニールがつい口にした。リボンズは、はんなりと笑い、
「今のは独り言だ。忘れてくれ」
 と言った。
 カール――前の所長か。随分酷い奴だったんだな、と思った。
 ここのイノベイター達は、普通の人間のセリ・オールドマンを仲間として受け入れているようだ。誰にでも幸せになる権利はある――リボンズの言う通りだと、ニールは思った。
 リボンズも悪い奴ではないのかもしれない。
 ニールは既に、リボンズ・アルマークに絆されているのかもしれない。だが、悪人の言うことが全て悪いということはない。敵だってたまにはいいことを言うのだ。
 ニールはリボンズ・アルマーク機構に身を寄せている人々が幸せであれ、と願った。

 一方、アロウズの総司令官の居室では――。
 ドレスアップした王留美が紅龍と一緒にアロウズの総司令官、ホーマー・カタギリを訪ねた。
「お久しぶりです。ホーマー・カタギリ総司令官」
「よく来てくれました。王留美殿」
「私の用件は聞いてくださった、と考えて宜しいでしょうか」
「それはもう――この世から戦争がなくなれば、民は喜ぶでしょうからな」
「でも……まだアロウズの傘下に下るとは申しておりませんわ」
「わかってます。ソレスタル・ビーイングの長として、申したいことはおありでしょう」
「ええ――」
 王留美は一拍置いてから言った。
「ひとまず停戦といたしませんこと?」
「それは、私の一存では決め兼ねますな。何しろ私は――」
「ええ。ホーマー・カタギリ。貴方がスポークスマンだと言うことはよくご存じですわ」
「相変わらず手厳しい――だが、その通りだ」
「私は、貴方の後ろで糸を引いている方々とお会いしたいんですの」
「その方々のことは御存知で?」
「多分」
「――わかりました。少々別室にてお待ちください」
 ホーマー・カタギリの部下が王留美達を連れて行った。

 ――アリーの部屋に夕陽が射す。
「ん……」
 ニキータが裸のままシーツにくるまっている。そして、小さく声を出した。
「アリー……」
「なかなか良かったぞ。さすが、俺の娘だ」
「……アリー、嬉しい……」
 ニキータは口元を覆った。さっきまで、アリー・アル・サーシェスとその娘ニキータは、このベッドでまぐわっていたのだ。ニキータは破瓜の痛みを覚えた。
「ちょっと連絡したいことがあるから、待ってろ」
 アリーは、リボンズの部屋に電話をかけた。
「リジェネ? どうした。大将はいないのかい。――いない? じゃ、後で取り次いでくれ。頼みがあるんだ。え? 自分で言えって? 馬鹿。そんなめんどくせぇことごめんだ――」
 言いたいことだけ言うと、アリーは電話を切った。
「残念。大将はいなかったよ。俺とおまえのことを話して、仰天させてやりたかったのにな」
「アリー……私達、罪を犯したのね」
「俺は構わないが、おまえはどうだ?」
「アリーとだったら、地獄へ落ちても構わない」
「そうだな――ニキータ。俺の娘で恋人」
 アリーはニキータの耳元で囁いた。

 リボンズ・アルマーク機構でニール達が歓待されている間に夜が更けた。ニール達はイノベイターやオールドマン氏のスタッフと別れを告げた後、リムジンでホーマー・カタギリ宅へ向かっていた。
「まさか、パーティーに招待されるとはな……」
「嫌かい?」
 リボンズが訊く。
「堅苦しいのは嫌いなんだよ」
「僕の知り合いにもそう言っていた男がいたな。――尤も、今回は乗りに乗っているようだが……」
「アロウズというのは、パーティーばっかりやっているところなのかい。いいね。ブルジョアは……」
 ニールは頭を掻きながらふわぁ、とあくびをした。刹那が言った。
「ニール、パーティーだったら俺達もしたろ」
「ああ。でも、ありゃ内輪でのだったからな。アロウズのパーティーとなると、緊張もするぜ」
 僕達のパーティーは情報交換も兼ねているからね――と、そうリボンズが言った。ニールは寛いでいる風を装っていたが、内心ますます固くなっていた。

2015.3.15

→次へ

目次/HOME